なぜ。
 その一言がひたすらに脳内を埋め尽くしている。想像さえもしていなかったこの異常な事態に、本来優秀であるはずの彼の脳味噌は普段通りの処理能力を発揮してはくれなかった。
 どうにか断片的な記憶を手繰り寄せてみても、最後に顔を合わせた今朝はなんの違和感もなかったし、珍しく日付の変わる前に訪れた眠気に逆らうことなく自室でベッドに潜り込んだ時点で男はまだ帰宅さえしていなかったはずだ。
 心地の良い微睡の中で足音を聞いた気がしたけれど、覚醒には至らなかった。扉の開く音と、軋むスプリング、傾いた己の体にようやく意識が浮上した。誰かがベッドに乗り上げている。誰か、なんて考えるまでもなく、この家に住んでいる人間なんて己の他には一人しかいない訳なのだけれど。
 まるで縫い付けられているんじゃないかと思うほどに動かない瞼を無理やり押し上げ、随分と遅い時間に帰宅した上に普段あれほど睡眠を取れと煩いくせに安眠を邪魔してくれた男の姿を見上げようとした途端に、平衡感覚を失った。押し付けられた頬にぬるいシーツの感触。ほんの一瞬前まで背に触れていた温みは消え去り、ひやりとした外気が肌を撫でる。何が起こったのか理解が追い付かず、ふわりと鼻腔を擽る慣れた香りがなければ強盗でも押し入ったのかと思っただろう。咄嗟に上げた抗議の声が、あっさりと黙殺されたことは覚えている。


 現実逃避のように現状の整理を終えたローが忌々しげに舌を鳴らしたところで、状況がよくなることはもはやありえなかった。無理やりに覚醒を促されてからどの程度の時間が経っているのかもわからない。静止の声も、散々喚き散らした罵倒の言葉も、切羽詰まった懇願さえも、思わず眉根を寄せるほどの酒気を帯びた男には届かなかった。
 中途半端に剥かれたシャツが汗ばんだ肌に纏わりつき、身動きが取りづらいことこの上ない。挙句少しでも抵抗するそぶりを見せれば容赦なく後頭部を押さえつけられ、痛みに怯んだところで力は緩められる。こんなのは、単なる暴力でしかない。
 けれど心の底から腹立たしいことに、流血沙汰を避ける程度にはかろうじて理性が残っていたらしい男によっておざなりに慣らされた後孔はうっかりそれを受け入れてしまっている。既に幾度か腹の中にぶちまけられたそれがぐちりと粘着質な音を立て、握り締めたシーツに深く皺が寄った。
「…ッ、」
 汗を吸ってぬるく湿ったシーツに額を押し付け、体内に篭った熱を吐き出すように息をつく。なにが男の気に入ったのか、先程からまるで馬鹿の一つ覚えのように背を這う熱が背骨をなぞり、粟立つ肌を撫で、肩甲骨の丸みを辿った。その度にからからに乾いた喉からは引きつったような声が漏れ、歯を食いしばる。じゅう、と音を立てて吸われ、甘い痺れとわずかな痛みに溶けた頭の片隅で、普段どれだけ己が手加減されているのか思い知らされた気がした。
×
「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -