5年間。
  一人暮らしにしては無駄に広い2LDKに、無理やり転がり込むようにして始まった同居生活。散々出て行けと怒鳴り散らしながらも決して追い出そうとはしなかった男の笑ってしまうほどの人の好さにつけこんだこの生活の終わりは、最初から決まっていたのだ。
  タイムリミットと定めていた5年間の生活は、6年間通った大学の卒業式とともに終わった。厳かな式典は退屈極まりなく、ともすればもれそうになる欠伸をかみ殺すことに苦労した。
 幸い荷物はそれほど多くはなかったから、いくつかのダンボールと大きめのボストンバッグにすべておさめることができた。もとより物に執着する性質でもない。不要なものはすべて捨ててしまった。歯ブラシやら食器やら、生活感のあるものは置いて出て行ってやろうと思う。邪魔だと捨てられてしまうかもしれないけれど、それはそれで構わなかった。そこかしこに残る己の痕跡に、苛立ちを隠そうともしない顔で唸る男の姿を想像して笑う。
 5年という歳月は思っていたよりも長く、けれど、あっというまだった。後悔はない。もう少しうまくやれなかったものだろうかとは思うが。
 よっこらせ、と些かオヤジくさい掛け声とともに持ち上げたダンボールにはぎっしりと本が詰まっていて、とても重かった。幾度か玄関と部屋を往復し、ダンボールを積み上げてゆく。集荷の依頼はかけたから、明日にはこの荷物もこの部屋から運び出されてしまうだろう。
 最後に着替えの詰まったボストンバッグを玄関に放り投げる。ぽす、とどこか間の抜けた音がした。
 ひきとめてほしいと、思ったことがない訳ではなかった。当然そんなことは口にしたことはなく、態度に出したこともない。そもそもこの部屋の主に、ひきとめる気など欠片もないことだろう。厄介者がいなくなると清々しているに違いない。腹立たしいが、仕方がなかった。
 不意に、玄関の扉が開く。ぬ、と入ってきた男を見上げた(決しておれの背が低いわけじゃない。この男が無駄にでかいだけだ)
 男の視線が積み上げられたダンボールに向けられる。次いで、目が合った。
「…おかえり」
「あァ…」
 短い会話。沈黙。別段珍しいやり取りでもないのだけれど、男は玄関で立ち尽くしたまま動かない。さらに沈黙。
「…アー、おい、クソガキ」
 男二人が玄関先で睨み合う光景など、面白味も何もないな、と思ったところで珍しく歯切れの悪い調子で男が口を開いた。けれど、意味のある言葉は紡がれない。これも珍しいことだが、己にしては根気強く(一切の茶々を挟まずに)続く言葉を待った。
「……もう少し広い部屋に引っ越そうと思うんだがな」
 ガシガシと頭をかきむしる。鬱陶しい仕草だ。
「…風呂掃除が、面倒臭ェんだ」
 何が言いたいのかまったくもってわからない。だからどうしたというのか。そもそもこの男が風呂掃除をしている姿など、ここ数年見たこともないというのに。
「だからまァ、その荷物はしばらく置いとけ」
「……は?」
「引っ越しなんざ業者に頼む。それも一緒に運ばせろ」
 ゆっくりと。
 脳味噌がその言葉の意味をようやく理解したときには、きっと、否、まず間違いなく、ひどく間の抜けた顔をしていただろうことは覚えている。
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