朝目が覚めて目眩と頭痛で起き上がれない程にぐるぐると視界が回っていたら、酷く情けない声で恋人の名を呼んでしまっても仕方がないと心の中で言い訳をしてみる。正確には恋人ではないのだが、ドフラミンゴはその正確な呼び名を把握していない。法的に結婚を認められたのだから夫と呼ぶべきなのかもしれないがそれはそれで気恥かしいどころではないし、ただ単に配偶者と呼ぶのは味気ない。それならばまだハズバンドと呼んだ方がマシだ。結局のところ恋人、と称するのが一番呼びやすいのだがそれはこの際どうでも良い。どうせ呼ぶ時は名前で呼ぶのだから、それ程悩む事でもないのだ。
とにかく今何よりも大事なのはこの頭痛の原因を解明することであるが、弱々しい声で頭痛を訴えると額に触れるなり眉間に皺をよせ体温計を取りに行ったくまの行動から察するに、どうやら自分には熱があるらしい、とドフラミンゴは認識していた。確かに覚えのある感覚ではある。近頃の朝晩の気温の変化が激しいのも原因の一つだろうか。
「38度7分…完全に風邪だな」
ピピピ…と小さな電子音を立てた体温計を取り上げながら、くまは溜息とともに呟いた。シーツを口元まで引き上げその追う巣を窺っていたドフラミンゴに苦笑を禁じ得ないが、その子供のような仕草もくまの好むところではある。冬用に準備していた毛布をもう出してしまうか、と考えながらくまは立ち上がった。ぎしりと腰を下ろしていたベッドのスプリングが軋み、ドフラミンゴの視線がそれを追う。
「氷枕を作ってくる。少し待っていろ」
「…おう…悪ィ…」
宥めるように頭を撫でてから寝室を出ると、確かこの辺りに片付けた筈だとキッチンに置かれた棚を漁り目当ての物を見付けだした。ゴム製の枕に氷を放り込み、ごつごつしすぎないようにと多少の水を流し込むと付属の金属製クリップでバチンと口を挟む。買い置きしていたスポーツドリンクのボトルを冷蔵庫から取り出すと、氷枕にフェイスタオルを巻き付けながら寝室に戻り普段と比べて心なしか赤いドフラミンゴの顔を覗き込んだ。
「起き上がれるか」
「あァ…」
「…無理はするな」
ベッドサイドテーブルにボトルを置きながら問い掛ける。返事は返ってきたがかなかなか起き上がろうとしないドフラミンゴの汗ばんだ髪を撫でるようにして後頭部に手を差し込むと、ゆっくりと持ち上げる。頭の下から枕を抜き取るとその代わりに先程作ったばかりの氷枕を置いて再びドフラミンゴの頭を支える手から力を抜いた。そっと下ろした頭がひんやりと熱を奪う枕に触れ、ドフラミンゴは安堵の息を吐く。カラカラと響く氷のぶつかり合う音が耳に心地良く、心配そうに眉端を下げるくまに苦笑を浮かべて見せた。彼はこれから仕事に行くのだからあまり心配ごとを増したくはないと思うのだがどうにも上手くいかない。煩わせたくない、と思うのと同時に、心配してくれるのが嬉しいなどと思ってしまうのだから手に負えない。困ったように視線を泳がせるドフラミンゴの頬に軽く手を添え、くまはいつもそうしているように通常よりも温度の高い額に唇を落とした。
「何かあったら、すぐに連絡しろ」
「仕事中だと困るだろ」
「構わん。お前の方が大切だ」
「…そうかよ…」
熱の所為だけではなくドフラミンゴの顔が火照る。この男は元来そう言った事を口にする性質ではなかった筈だが、どうもアメリカに渡ってから加減と言う物を忘れたらしい。幸せだと感じることに嘘はないが、こうもいきなりだと心臓が持たないかもしれない。行ってくる、と声を掛けてから部屋を出るくまの背を見送りながら、ドフラミンゴはそう思った。










微かな金属音に深く沈んでいた意識を呼び起こされ、ドフラミンゴはうっすらと瞼を押し上げた。鍵が開く音だ、と理解したドフラミンゴがどれ程寝入っていたのかと視線を巡らせ壁に掛けられた時計を窺うと時刻は未だ昼を少し回った程度。くまが帰ってくるにはまだ早すぎる時間だ。まさか空き巣か強盗かと思わず身を起こそうとしたが、ぐらりと傾いだ視界に再び身体をベッドへと沈めてしまう。何故こんな時に、と思わないでもなかったが、まっすぐに寝室に向かってくる足音は記憶によく馴染んだものだった。慌てる必要も無くなり再び目を閉じるが、瞼が酷く熱く感じられる。熱は下がっていないようだ。不意にリビングに続く扉が開き、予想した通りの声が掛けられた。緩く目を開けそちらへと視線を向ける。
「ドフラミンゴ、起きているか?」
「あー…さっき起きた…」
「そうか。熱はどうだ」
「多分変わんねェ…」
ベッドサイドに近付いてくる足音に安堵する己に驚いた。確かに体調が悪い時は心細くなると言うが、一人暮らしをしていた時は別に気にならなかった筈だ。アメリカに移り住んで変わったのはくまだけではないと、ドフラミンゴは改めて思い知らされる。ふと額に伸ばされたくまの手は外から帰って来たばかりだからか酷く冷たく、それが心地良かった。
「薬を買ってきた」
「……いらねェ…」
しかし続けて掛けられた言葉にドフラミンゴは心底嫌そうに眉をしかめて見せる。昔から好んで飲むものではなかったが、アメリカの薬は特に苦手だった。成分自体は同じ筈なのに、何故日本の薬と比べてこうも味が酷いのか、ドフラミンゴには理由が分からない。とにかくもう二度と飲むものかと心に決めたのは引っ越してきてから数日後の事であったし、その決意を覆す気もなかった。例えそれが最愛の恋人が買ってきたものだとしても、だ。
「…ドフラミンゴ」
呆れた様な響きを含んだ声で名を呼ばれ、ふい、と顔を背け視線を逸らす。額に置かれていた手が離れていくのが名残惜しいが、薬は断固拒否するという姿勢を崩す訳にはいかない。些か明後日の方向へと向き始めたドフラミンゴの思考であったが、ぎし、とマットレスが沈み込む感覚と共にスプリングが軋みくまが腰をベッドへと腰を下ろした事に気付くと再びそちらへと視線を投げる。くまのことだ。きっと仕方がないと諦めてくれるだろう。そんなドフラミンゴの期待は、くまの普段は引き結ばれた唇に張り付いた笑みによってあっさりと裏切られた。ざわりと背筋が寒気を覚える。これは、まずい。そう頭が理解する前に反射的に起こそうとした身体は、それよりも早く伸ばされたくまの手によって再びシーツの海へと沈む。未だ溶け切ることなく残った氷がカラカラと耳触りの良い音を立てた。
「おい、くま…っ」
「暴れるなよ」
シーツを剥ぎ取られ咄嗟に抗議の声を上げかけたドフラミンゴの身体を、くるん、と擬音が付きそうな程軽やかな所作でひっくり返す。頬に触れる氷枕の冷たさが心地良い、とドフラミンゴは一瞬現実からの逃避を試みたものの、次いで腰を掴まれ持ち上げられると慌てたように首を捻ってくまを見上げた。シーツと腹の間に入り込むくまの膝はやはり手と同じように酷く冷えていて、ただでさえ体温の高い全身の毛がぞわりと逆立った。
「どうせ飲み薬を買ってきてもそう言うだろうと思っていた。安心しろ、ちゃんとお前でも服用できる薬も買って来てある」
「……っ!お前それ…!」
「おれは優しいからな。任せておけ」
がさがさとビニールの袋を漁って取り出された箱には『suppository』と表記されている。ザァッと血の気が引いて行くのを感じながら、ドフラミンゴはあんな馬鹿げた決意さっさと覆すべきだったと後悔した。suppository…つまりは座薬など、この年になって服用するようなものではないだろうと叫びたい気分だ。さすがに冗談じゃないと身を捩って腰を掴むくまの手から逃れようとはするものの、高熱に侵された身体での抵抗など所詮は微々たるものでしかない。
「ほんとやめろって…!う…」
暴れた所為でぐるぐると回り出した視界に軽い吐き気を覚え、ドフラミンゴはくたりとシーツに顔を埋めた。その瞬間ずるりと寝巻のズボンが下着ごとずり下げられ、外気に晒された肌が寒さを訴える。
「そんなに構えるな。薬を入れるだけだ」
「それ、が…嫌だって言ってんだろ…!ガキじゃねェんだ…!」
「不味いから嫌だと薬を飲まないのはガキの証拠だろう」
「…!!」
ああ言えばこう言う、とはまさにこの事だ。くまが怒っている訳ではないのは分かる。分かるのだが、心なしか楽しそうに聞こえる声にドフラミンゴはうすら寒い恐怖を感じざるをえなかった。器用に片手で薬の入った箱を開け、取り出されたシートに並ぶ独特な形の白い薬。それを一粒、くまの指先が押し出すのが視界に入り込み、ドフラミンゴはいよいよ焦り始めた。いやだやめろたのむからやめてくれ。もがきながら必死に訴えてみても聞き入れられる様子はない。
「力は抜いていろ」
「…ッ」
不意に冷たい何かが後孔に触れ、ドフラミンゴは微かに肩を震わせた。冷たくて細いそれがぐっと押しこまれる感覚に息を詰まらせ歯を食いしばる。乾ききった内壁を擦り上げるように侵入する薬とそれを押し込む指先に酷い違和感を覚え思わずひくりと締め付ければ、ドフラミンゴを咎めるように更に奥へと入り込んだ。あまり浅いところで止めてしまうと薬が効く前に溶けてしまう、と聞いた事があったが、だからと言っていったいどこまで入れるつもりだと心の内で泣きごとを漏らした。
「は、ふ…ぅ…ッ」
結局指薬は指が届くギリギリの位置まで押し込まれ、役目を果たした長い指がゆっくりと引き抜かれる。ただ単に薬を奥に突っ込む為の作業だと頭では分かっていても擬似的な排泄に似たその感覚に食い縛った歯の隙間から微かに吐息が漏れた。ハッとしたように手の甲で口元を覆ったドフラミンゴをからかうようにことさらゆっくりとした動作で最後まで指を引き抜いてしまうと、くまは己の手でずり下げた下着とズボンを再び穿かせてやる。ガキ扱いしやがって、だとか、この変態、だとかいいた事は山ほどあった。しかしたった数分間の攻防でもはや疲れ切ってしまっているドフラミンゴは抗議の声を上げる気力も残されてはいない。
「…これでいい。もう少し寝ていろ」
「…あァ、誰かさんの所為ですげェ疲れた…」
「それは良かった。よく眠れるだろう?」
「………そうだな…」
もそりと起き上がって先程引っぺがされたシーツを手繰り寄せ、再びそれにすっぽりと包まる様にして寝転がる。明らかに熱が上がっている気がしないでもないが、宥めるように頭を撫でるくまの手は心地が良い。すぐにうとうとし始めたドフラミンゴの寝顔を眺め、ふとくまは口元を緩める。次に起きた時には何か食べさせるか。キッチンへと向かいながら、早くドフラミンゴの熱が下がれば良いと思った。




鳴呼子さんお誕生日おめでとうございます!
お約束の座薬プレイ…中途半端でごめんなさい…!!
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