目が覚めると、世界が回っていた。
比喩でもなく、大袈裟な表現でもない。ドフラミンゴにとっては本気で世界が回っているように見えたのだ。ぐわんぐわん。まさにそんな表現が似合う程の強烈な浮遊感と頭痛。それはまさしく二日酔いという不名誉極まりない後遺症であったが、どうしてこうなった、と自問自答するドフラミンゴはクロコダイルの挑発にまんまとのせられ自ら酒を煽った上に醜態を晒していたことなど欠片も覚えてはいなかった。辛うじて覚えているのは酷く退屈で面白みの欠片もない会議と、招集に応じた七武海の為に用意された広いホテルのバーで始まった宴会。その宴会すらも、まさかあんなメンバーの前で飲んで潰れる訳にはいかないとわざわざ持ち込んだノンアルコールのドリンクを飲んでいたところしか記憶にはない。だがこの二日酔いを慮れば確実にアルコールを口にした事は想像に難くなく、ドフラミンゴは己の失態に舌打ちを響かせた。
だがいくら後悔してもこの状況は変わるものではないし、そもそもここがどこだかわからない。背や手、足に触れるシーツの感触は上等なものであるからまさかバーで潰れたまま置き去りにされたという事はあるまい。少しでも頭を動かすと吐き気がこみ上げてくるものだから満足に周囲を見渡す事も出来ず、視線だけを辺りに巡らせる。間接照明に照らされ日の光が入り込まない室内は昨夜訪れたホテルの一室らしく、どうやら誰かがわざわざ酔い潰れた己をこの部屋まで運んだらしい事は確認できた。もしかしたら自分の足でこの部屋まで来たのかもしれないが、今までの経験上それは確率が低いだろう。
「…あァ?」
室内に巡らせていた視線をふと己の隣に投げた瞬間、不意に映り込んだ姿に思わず間の抜けた声を漏らし、ドフラミンゴは一瞬動きを止める。ドフラミンゴが手足を広げて寝ていても尚広々としているベッドの上、盛り上がったシーツは確かにそこに己以外の人間が存在している事を示している。それも、かなり巨大な、だ。己の身体が人並み外れて巨大な事をドフラミンゴは自覚していたが、隣のそれは間違いなく己よりもでかい。そう、でかい。昨夜行動を共にしていた人物の中でこのサイズに合致するのは確かに2人いた筈だが、その中でこうも傍に寄られてもドフラミンゴに気付かせることのない相手となれば話は別だ。一瞬にして酔いが醒めたドフラミンゴは、勢いよく身体を起こした。
「は…?!おま、なん…う…」
単純とは言うなかれ。一瞬確かに思考がクリアになった気がした筈だったのだが、やはり身体を起こした瞬間ぐらりと揺れる視界に小さく呻くとドフラミンゴは口元を押さえたままうつむいてしまう。挙句にドフラミンゴが飛び起きた反動で軋んだスプリングに目を覚ましたらしい相手がむくりと身体を起こした。ぱらりと捲れたシーツが珍しくジャケットを脱ぎ捨てた相手――くまの素肌をドフラミンゴの眼前に晒しますますドフラミンゴの混乱を煽る。
いったい、おれはなにをしたんだ。どうなってる。ぐるぐると脳内を巡る疑問をドフラミンゴが口に出す前に、くまの伸ばした手が俯いたドフラミンゴの顎を捕らえ持ち上げる。
「…気分はどうだ」
半ば強制的に顔を上げさせられた事で頭痛が増したのか表情を歪めるドフラミンゴの顔を覗き込みながら、ドフラミンゴからしてみれば嫌がらせか?と疑いたくなるような質問を投げかけた。どう見ても気分が良いようには見えねェだろ。そう言いたいのをなんとか押さえ、ドフラミンゴは小さく唸る。ドフラミンゴの言わんとしている事に気付いたのか、くまはふ、と小さく息を吐くと無理矢理己の方向を向かせていた手を離した。
「覚えていないのか」
「…おう、全くな」
問われ肩を竦める。全く覚えていない。だから状況を説明しろ。言外に告げるドフラミンゴにしかし応えることはせず、くまはベッドを下りるとドフラミンゴに背を向けてしまった。
「おい…!」
「どこにも行かん。水を取ってくるだけだ」
珍しく焦りを滲ませたドフラミンゴの声に一度だけ振り返ると、そのまま備え付けられた小さな冷蔵庫の元へと向かう。昨夜空けた一本以外は減っていないミネラルウォーターを手に取ると、キャップを捻りながら再びドフラミンゴの元へとくまは戻った。顔色があまり良くないな。そんな事を考えながらベッドに乗り上げ、ドフラミンゴにボトルを差し出す。しかし身体を起こした事で吐き気が絶えず襲ってくるドフラミンゴはなにも口に入れる気が起こらず、力なく片手を上げて不要の意を示した。
「…だめだ、飲め」
「…うるせェな…気持ち悪くて飲めねェんだよ…」
二日酔いなど経験したことのないくまはドフラミンゴの言う気持ち悪さが理解できないが、知識として二日酔いには水を飲ませると楽になるらしいという事は知っていた。だが本人が飲みたくないと言っているならば放っておけばいい。しかし普段はくまがどれ程邪険に扱っても構ってくるドフラミンゴが気だるげにしているその様子がどこか気に食わない。昨夜あれだけ手を掛けさせておきながらこの素っ気なさはなんだ。徐々に眉間に皺をよせながらくまはふと思い至る。飲まないなら飲ませてしまえば良い。手にしたボトルに口を付けるくまを見て説明する気がないのならもうひと眠りしようと再び身体を横たえようとしたドフラミンゴの後頭部に、今し方水を飲んでいた筈のくまの手が回った。反射的に身体を離そうとしたドフラミンゴの後ろ髪を掴むことでそれを阻止すると同時に軽く上向かせる。何が起こっているのか理解する前に眼前に迫るくまの顔が更に距離を詰め、不意にひんやりとした感触がドフラミンゴの唇を塞いだ。呆気に取られている内に唇を割り入り込んできた舌先が更に歯列をこじ開け、次いで熱い咥内には冷た過ぎる程の水が流れ込んでくる。やはり身体は水分を求めていたのか拒否を示すにはあまりに心地良いその冷たさに思わず大人しく咥内を満たすそれをこくりと飲み下す。喉を冷たい水が潤し落ちていくと、もっと欲しくなった。もっと寄こせと言うように未だ歯列を割ったままのくまの舌先を歯で甘く食むと、そのまま更に奥まで入り込んでくる。そうじゃない、と言いたくても塞がれた唇からは不明瞭な音が漏れるばかりで意思が伝わる言葉を発することはできなかった。
「…ふ、ン…く…ッ」
離れろとくまの肩を押してみても一向に離れる気配はなく、後頭部を押さえる手に力を込めたかと思えば微かに冷たさを残した舌先がドフラミンゴのそれを捕らえる。絡め取った舌先を強引に引きずり出し強く吸い上げればそれだけでドフラミンゴの肩がびく、と震えるのに気を良くしたのか、ぬるりとした粘膜の感触を楽しむように舐り尽くしようやく唇を離した。足りない酸素を補おうと浅い呼吸を繰り返すドフラミンゴの顔を再び覗き込む。
「もっと飲むか」
「……、自分で飲む…」
言いたい事は沢山あったが、これ以上好きにされてはたまらない。他人を弄ぶ事はあっても逆はそうそう経験のないドフラミンゴだ。いくら弱っているからと言っていいように扱われるのは気分の良いものではないし、何より気に入らなかった。くまの手からボトルをひったくる様にして奪うと直接口を付けて冷たい水を喉へと流し込む。唇の端から零れた水が喉を伝うが、それを気にする程ドフラミンゴは几帳面な性質ではなかった。
「…零すな、はしたない」
呆れたように言われた言葉も意識の外へと追いやった。結局身体は相当水分を欲していたらしく、元々それ程大きくないボトルの中身はあっさりと空になる。お陰で随分と頭痛も治まり、ドフラミンゴは漸く安堵を含ませた溜息を吐いた。
「弱いなら、あまり飲むな」
「…飲む気はなかったんだけどな」
空のボトルを適当な方向へ放り投げたドフラミンゴに軽く眉根を寄せたもののそれに対しては言及することなく、くまは口を開く。それこそ言い訳すらございません、と返したくなる台詞だ。ドフラミンゴは改めて昨夜の己を呪ってしまいたくなった。飲みたくて飲んだ訳じゃないであろうことだけは分かりきっているので、ふい、とくまから視線を逸らして拗ねたような口調で言ってみる。どうせ迷惑を掛けるなだの鬱陶しいだの、冷たい事この上ない反応しか返って来ないだろう。弱っている時くらい優しくしろと言いたいが、そんな事を期待できる相手ではない事もドフラミンゴは分かっていた。実際のところはこれでもかという程甘やかされていることなど、昨夜のことをなにも覚えていないドフラミンゴが気付く由はないのだ。
「あまり、心配を掛けさせるな」
どうすればくまがもっと優しくなるのか。そんな途方もない課題に脳内で取り組んでいたドフラミンゴは、耳に届いた言葉の意味を理解するのに数秒を要した。は?と思わず聞き返したところで返事が返ってくるはずもなく、改めて明後日の方向へ向けていた視線をくまに戻す。
「お前が苦しそうな顔をしていると困る」
「あー…お前なァ…」
卑怯だ。それ以上は言葉に出来ず、再び痛み始めた頭を抱えて深く深く溜息を吐く。このおれに溜息なんか吐かせられるのはこの男くらいだ。そんな事を考えながら、ドフラミンゴはぼふり、と音を立てて後ろに倒れ込んだ。上質な羽毛を詰め込んだクッションは大した衝撃も無くドフラミンゴの身体を受け止める。
「おれはもう少し寝る。お前は?」
シーツを手繰り寄せながらくまへと向けた視線は同じように隣に身体を寝かせたくまを追う事で返事を得、満足げに笑みを浮かべた。







「起きたら起こせ」
「なんだそれ。別に好きに起きりゃいいだろ」
「…どこにも行くなと言われたからな」
「はァ?なんだそりゃ」
「なんでもない」






酒は飲んでも〜の後日談。書けと言われたので書いたけど酷いクオリティですごめんなさい。

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