酒というのは、そもそも消化されるものでは無い。豪快に飲み干された酒は食道を焼きながら胃へと落とされ、胃を通過して消化管を巡る。その過程で粘膜から吸収されていくアルコールは酩酊感や高揚感を摂取した人間にもたらし、その人間が体内に保有する2種類の酵素によって段階を踏み二酸化炭素と水に分解され体外に排出されるのだそうだ。だがこの酵素というものは誰もが持っているものではなく、分解の為の酵素を一切持たずアルコールの分解を体内で行う事の出来ない人間や、アルコールが分解された際にまず生み出される毒素が分解できない人間というものが存在する。そういった人間はいつまでも酔いが醒めず中毒症状を引き起こしたり、二日酔いが異常に重いだとか、素直に酒を楽しむ事が出来ない状況に陥る事が多々あるのだ。あくまでもそれは体質であり、訓練でどうにかなるものではない。つまりたくさん飲めば強くなる、というのはあまり信憑性のない根性論でしかないのだ。
だがそれでもやはり飲まなければならない状況というものは、柵やプライドなんてくだらないものに縛られる人間には等しく訪れる。どう見ても酒に強そうな見た目の人間は当たり前のように酒を勧められるし、それを断る事は容易くてもそれによって酒が飲めないとばれてしまうと些か情けないと思ってしまえば飲まざるを得ない。
そうして、勧められるままに酒を飲んでしまった愚かな男…ドフラミンゴはまるで荒れ狂う嵐の海に放り投げられた船のように揺れる頭を抱えてテーブルに突っ伏し、好奇の視線に晒されていた。とはいってもこの場は王下七武海の貸し切り。自由人の多いこの連中が全員揃って定例会議後の宴会などに参加する訳もなく、今この場に身を置くのは当のドフラミンゴと、彼に酒を飲ませた張本人のクロコダイル、珍しく会議に姿を見せしかも宴会にまで参加しているモリア、そしてドフラミンゴに無理矢理連行されたくまの4人のみである。
最初は勧められた酒を気分じゃねェと断っていたドフラミンゴであったが気付けば売り言葉に買い言葉、クロコダイルに煽られ意地になってグラスに注がれた酒を一気に飲み干したところで非常に馬鹿な事をしたと後悔したとて時既に遅しと言うものだ。最初はそれでも平静を装っていたものの、次第にぐわんぐわんと回り始めた視界にドフラミンゴがダウンしたのはほんの数分前の事だった。
「…オイ、マジで下戸なのかこいつ」
「あァ…そういや飲んでるところなんざ見た事無かったな」
常時響かせている独特な笑い声さえ引っ込め恐ろしいものを見たと小声で呟くモリアに悪びれなく返し、クロコダイルは軽く肩を竦めて見せる。テーブルに突っ伏し時折微かに呻き声を上げているドフラミンゴなど滅多に見られるものではないが、別段見たからと言って嬉しいだのなんだのと特別な感情が芽生えるはずもなく、モリアから言わせれば天変地異の前触れなんじゃないかと非常に不安を掻き立てられる光景であった。
「…クロコダイル、お前は知っていただろう」
不意に、常時口を閉ざし手にした聖書に視線を落として成り行きに関わろうとしなかったくまが口を開いた。そちらへと視線を向けたクロコダイルの形の良い唇には薄く笑みが浮かべられ、ただでさえこの状況にうんざりしていたくまの心労を更に増す事になる。
「さァな。こいつの口から聞いた覚えはねェよ」
にやり。そんな擬音が聞こえてきそうな表情を張り付けるクロコダイルにくまは最早何度目かも分からない溜息を吐いて漸くその重い腰を上げた。ドフラミンゴがへばりつくテーブルまで近付くと低く身を屈めドフラミンゴの肩を揺すり起こそうとする。が、余程酒が回ってしまっているのかなんの反応も返さないドフラミンゴに軽く眉を顰めて手を離した。
おそらく声を掛けても反応はないだろう。中毒症状を起こしている訳ではなさそうだが、このままにしておく訳にもいくまい。更に身を屈めると椅子に浅く腰掛けるようにしながらテーブルに突っ伏すドフラミンゴの膝裏に腕を差し込み、もう片方の手は緩くカーブを描いた背を支えるように沿えると別段力を込めているようには見えない所作でそのまま殆ど意識のない身体を持ち上げる。確かに一番抱えられる身体に負担の少ない方法ではあるが、いい年をした大の男と所謂姫抱きと呼ばれる乙女の夢がつまった抱き方というのは正直視覚の暴力に他ならない。すっかり意識を留める事を拒否してしまっているらしい身体には力が入っておらず、ドフラミンゴの呼吸を妨げることにならないよう軽く首を反らせるようにして己の肩に預け気道を確保するくまを目の当たりにしてしまったモリアはぽかんと口を開いたままその様を凝視している。
「こいつはもう連れていくぞ」
「好きにしろ」
モリアとは逆に口角を吊り上げたままその光景を眺めていたクロコダイルを振り返り素っ気無く言い放つとそれと変わらない程素っ気なく言い返えされくまは微かに眉根を寄せる。面倒事を起こしておいて丸投げとはどういうことだ。おそらくそう言いたいであろうことをしっかりと理解しておきながら、クロコダイルはその辺りに触れることなく背を向け宴会場となっていたバーを出る後姿を見送ったのである。










酒を飲むための場所もあれば、酔った人間がすぐさまその身体を休める為に部屋まで用意されている。ホテルというのは非常に便利な場所だと、ドフラミンゴを抱えたまま予め取っておいた部屋へと足を踏み入れ上がらくまは思った。無論酔った人間が睡眠を求めるだけではなく、もっと即物的な欲求を解消する為にも使われるのだろうが、己には関係ないと軽く首を振ることで思考を打ち切ると一先ず部屋の隅、バスルームへと足を向ける。
「…おい、起きろドフラミンゴ。今の内に少し吐いておけ」
「アー…?…おう…」
器用にドフラミンゴの身体を支えながら扉を開くと一度ドフラミンゴの身体を床へと下ろし、常時よりも僅かに赤みの差したその頬を軽く叩くようにして呼び掛けるものの反応は薄い。一応目を覚ましはしたようだが、それでもまだ覚醒しきってはいないのか発する言葉はどうにも不明瞭だ。しかし放っておけば放っておいただけ身体はアルコールを吸収してしまうのだからこのまま眠らせてやる訳にはいかない。くまは改めて後でクロコダイルには抗議しておこうと心に決めるとドフラミンゴの身体を再び抱え上げ後ろを向かせると、バスタブに手を突かせ軽く背を摩ってやる。そうして空いた手の指先を軽く噛んで手袋を引き剥がすと僅かに熱を帯びたドフラミンゴの頬に滑らせそのまま顎を掴み軽く口を開かせ人差し指と中指を2本、強引に侵入させた。
「ん、ア…?」
「噛むなよ」
「なん…、ぐ…っぅ…!」
普段のドフラミンゴであればくまの行動にすぐに気付いたのだろうが、生憎アルコールの所為で思考力が低下している今の状態では鈍い反応しか返す事が出来ずに小さく声を漏らすに留まった。頭上から聞こえる声の意味を理解するよりも早く、咥内に突っ込まれた指が更に奥を抉る。舌の奥をぐっと押され強烈な吐き気に襲われたドフラミンゴはそれを堪える術すらなく、食道を逆流してきた吐瀉物をバスタブにぶちまけた。辺りに漂う異臭に更に釣られるように、2度、3度と胃が引っくり返るような声をもらしながら吐き出されるそれに固形物は混じっておらず、くまは呆れたように溜息を吐いた。
「何も食べずに飲んだのか。酔って当然だ」
「…う、るせ…水、寄こせ…」
だがそれどころではないドフラミンゴは僅かに顔を上げると掠れ切った声でくまの言葉を遮ってしまう。非常に珍しい弱り切った声に多少の罪悪感を感じながら、くまは頭上のシャワーヘッドへと手を伸ばしコックを捻る。冷たい飛沫がバスタブの中身を洗い流していく様から視線を外すと先程よりは多少意識がはっきりしているらしいドフラミンゴの顔を覗き込んだ。
「まずは口をゆすげ。飲むなよ」
「…あァ…」
くまに促されるまま口元に近付けられるシャワーヘッドから直接冷たいそれを口に含み、咥内をすすいで再び吐き出す。幾度かそれを繰り返し漸く落ち着いたドフラミンゴの意識が再び混濁し始めた事に気付いたのか、コックを捻って水を止めると無造作にそれを放り投げてしまうと改めてドフラミンゴを抱え上げバスルームを後にする。ドフラミンゴとくまが二人で並んでも余裕がありそうなベッドはいったいどこから仕入れているのか分からないがありがたいサイズだった。そこへドフラミンゴの身体を横たえると少しでも楽になる様にとコートを脱がせベッドの下へと放り投げてしまう。ついでにこのままだと曲がってしまいそうなサングラスも取り払い、一瞬置き場所に迷った挙句コートと同じように放り投げてしまった。
「まだ寝るなよ。少し待っていろ」
そう言ってベッドサイドを離れると備え付けの冷蔵庫からミネラルウォーターのボトルを取り出し、ぱきりと小さな音を立てながら封を切る。ぎし、と軋むベッドへと再び乗り上げドフラミンゴの背を支えるようにして身体を起こさせた。
「飲めるか」
「…、むり…飲ま、せろ…」
もう半分は意識が夢の中へ飛んでいってしまっているのだろう。仕方ない、と呟くと手にしたボトルを己の口元へと運ぶと一口、よく冷やされた水を含む。だらりと力の抜けたドフラミンゴの後頭部に手を添え緩く上向かせると零してしまわないよう気を配りながらそっと唇を重ねた。薄く開いた唇を更に舌先で割り開きながらそれを伝わせてドフラミンゴの咥内へと幾分冷たさを失った水を流し込み、晒された喉仏が微かに上下するのを目で確認してから唇を離す。
「もっと飲むか」
「ン…」
結局ボトルの半分ほどを飲ませたところでドフラミンゴが首を横に振り、残った中身はくまに飲み干されボトルは空にされた。どうせまだ冷蔵庫の中にはストックがある。朝起きたらまた飲ませれば良いだろうし、このまま寝かせてやった方が楽だろう。身体を支えていた腕をそのままゆっくりと下ろしドフラミンゴの身体をベッドへと沈めさせ、自らもジャケットを脱ぎ捨てると汗ばんだ肌が外気にさらされ僅かに寒さを覚えた。このままドフラミンゴを寝かせておくとは言っても、夜中にまた気分を悪くしないとは限らない。もしまた吐き気に襲われてもこの状態では一人で吐きには行けないだろう。せっかくのベッドを汚すのももったいない。そんな理由を脳内に並べたてながら、シーツを手繰り寄せドフラミンゴの身体を覆ってしまう。アルコールを含んだ汗は蒸発する時に体温を奪っていくのだ。風邪を引かれてこれ以上の子守りをさせられるのは困るからだと己に言い聞かせてももはや意味など無い理解してしまう程度には、ドフラミンゴに執着している自覚があった。今更こんな執着を抱く愚かさも含め、だ。
「く…ま…」
不意に耳に届いた小さな声に思考を断ち切られ、軽く瞳を細めるとくまは声がした方へと視線を向ける。寝ていたと思っていたが、まだ意識は保っているようだ。最も、瞼は既に閉じられ彼の瞳を覗く事は出来なかったが。
「…どうした。もう寝ろ」
「…いいか、俺が起きるまでそこにいろよ…」
「……なんだ、急に」
「…いなく…なるなよ…」
それだけ呟くとそのまま寝息を立て始めたドフラミンゴに、しかしくまは言葉を発せずにいた。勘が良すぎるのも考えものだ。明日目が覚めたドフラミンゴが真っ先に目にするのが己の姿だったならば、彼はどんな表情を受かべるのだろうか。きっと喜ぶ。そんな些細な風景を大事にするような男には見えなかったが、いったい己もこの男もどこで間違えてしまったと言うのか。くしゃり、と短い金糸を掻き撫でると今度こそ、くまも身体を横たえる。ほんの一瞬躊躇った後、隣で眠るドフラミンゴの身体を抱き寄せると自嘲気味に唇を歪めながら瞳を閉じた。未だ人間の体温を有するこの身体が、冷え切ってしまう前に一度くらいなら構わないだろう。朝起きて慌てるドフラミンゴ姿を想像してみると、それも存外悪くないと思った。




やらかしましたごめんなさい。ちょっと滾った結果、別部屋を作るほどドはまりしました。ごめんなさい。
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