今日も今日とてロー先生は無表情でクールである。

「眩暈はどうだ」
「えっと、まだ…あります」
「どんな時にある」
「寝たり起きたりする時とか…頭を動かしたらふらっとしますね」

淡々と繰り返される質問にしどろもどろになりながらも答えていく。ロー先生は質問した後に答えるまでじっと顔を見てくるから、なんというか…本当緊張する。顔がきれいな人の真顔って造形美がすごいからちょっと怖いんだよな。もちろんこれは褒め言葉だけど。

一言断りを入れられて頭部の包帯に手がかかると、無言の静寂が私たちに落ちる。今日はロー先生とお近づきになると私は内心決めていたのだ。包帯を外して患部を確認する先生の綺麗な顔は見えない。今しかないと思った。

「…トラ男先生」

ぴたりと一瞬、ロー先生の空気が止まった。

「って私も呼んでもいいですか?」
「…どこで聞いたそれ」

包帯を巻きなおしてくれた先生の顔が視界に入る。あ、ちょっと居心地が悪そうな顔してる。
実は昨日小児科の近くを通った時に見かけたのだと事の経緯を話せば、殊更複雑そうな顔をしてロー先生はため息をついた。ずっと無表情だと思ってたけど結構すんなり表情を変えるのを見るとこの人案外分かりやすいかも…。

「先生って子供に人気なんですね」
「別に人気じゃない。勝手に寄って来るだけだ」

それが人気があるってことだと思うんだけど…というのは心の中に留めておく。

「私もあの子たちみたいにロー先生と仲よくなりたいなと思って」
「おれは患者と馴れ合う気はねェ」
「ちょっとお話するだけじゃないですか」

わざとらしく不貞腐れた真似をすると、もう一度先生は短くため息をついた。それ以外特に何も言わないので、おっと…これはもしかして肯定の意味と捉えていいのだろうか。

「先生何歳なんですか?」
「それを聞いてどうする」
「別にいいじゃないですかー。じゃあ彼女とかいるんですか?」
「………それこそ聞いてどうすんだ」

わあ、この人本当に医者かと思うくらい露骨に患者の前で面倒くさそうな顔してる!あまりにも分かりやすい心情を映すので思わず笑ってしまったら尚のこと先生の眉間に皺が寄ってしまった。すみません。
でもロー先生は口調や態度とは裏腹に話しかける私を一度もおざなりにしてさっさと立ち去ろうとはしなかった。ああ、少しだけ子供に人気な理由が分かったような気がしなくもない。先生は意外と面倒見が良さそうだ。
話しかける…というか私の一方的な質問攻めによってロー先生について判明したことが幾つかできた。歳は26歳(思ったより若かった)。パンが嫌い(パン嫌いな人って存在したのかと口に出したら不機嫌になった)。彼女はいない(意外だ!)。そして、妹がいるらしい。

「え、妹いるんですか!写真!写真見たいです!」
「誰が見せるか馬鹿」
「ナチュラルに馬鹿って言ったこの人…!」

感心して呟いてしまった言葉にロー先生がフッと小さく息を零す。あ、笑った!かっこいい!
そうこうしないうちにナースさんがロー先生のことを探しにやってきて会話という名の私の質問攻めは終わってしまった。先生は白衣のポケットに突っ込んでいた手を出して、病室を仕切るカーテンに手をかける。

「今度でいいので妹さんの写真見せてくださいね!」
「さあ、どうだかな」

覚えていたら考えてやってもいいぞ、という言葉を残して先生はカーテンの向こう側に消えていった。最後に見せてくれた横顔も少しだけ、微笑っていたような気がするのは都合のいい錯覚かな。
誰もいなくなった空間でベッドに横たわったまま窓から外を眺めた。今日はいい天気だ。ついでに私の心の中も晴れ晴れとしている。

「…ふふっ」

初めての会話にしてはかなり上出来じゃないかな!


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