いい事があった後には悪いことがある。反対に悪いことがあったらいい事がある。人生というものはそういう風に帳じりが合うようになってるんだよ、と話してくれたのは誰だっただろう。



…やってしまった。

真っ白に無機質なベッドの上、見慣れない天井をぼんやりと眺めて思うことはそれに尽きた。

今日のお昼頃、バイトに行かなくては、と住宅街を自転車で走ってたはずの私は気づけば地面に横たわっていた。顔面を覆う生暖かい液体の感覚と、周りの喧騒は何となく覚えている。

住宅街の細い道を飛ばした車の前方不注意による十字路の出会い頭の交通事故。私は救急搬送からの緊急手術、そしてもちろんそのまま入院。ちなみに怪我は頭部の裂傷と左腕骨折とのこと。
命に別条は無いらしい。無いらしいけど身体が痛い。頭も痛い。え…ほんの少し前まで元気いっぱいだったのにこんな急に重傷者になるなんてことある?

ベッドに横たわる身体は全く動かない。頭は包帯が巻かれていて、左腕はガッチリ固められている。処置を終えて宛てがわれた病室の中で漸く息つく間ができたが現状を理解するのに私の頭はいっぱいいっぱいだった。
頭の裂傷は左のこめかみ辺りをパックリいったらしく、それはそれは多量に出血をしたそう。痛みとパニックで錯乱状態にあった私は記憶があやふやだけれど救急車に乗ってから病院で処置される間めちゃくちゃ喚いてた気がする…うわ、冷静になった今考えると見苦しいな。



「ナマエさん気分はどう?」

人間窮地に立たされると本性が出てくるものだわ…と己の醜態に青ざめていれば、ナースさんが病室に入ってきた。
「今日は災難だったわねえ」なんてにこやかに話すナースさんに曖昧な笑みで返す。災難どころの話じゃないですよ、本当に。

本来なら私は今頃元気にバイトを終えて家でまったりドラマでも見ているはずだったのに…!なにがどうなってこんなボロボロの状態で病院のベッドに寝転んでいるんだ。事故したからだよね、そうだよね。

「頭はどうかしら」
「なんか…めまいが…します」
「強く打ったものねえ…そのせいで熱も出てるし」

そうか、熱もあるのか。どうりでこんなにぐわんぐわんするはずだ。
お家に帰りたい…切実にお家に帰りたい。人生初の入院がこんな突発的に起こるなんて誰が想像できたことか。

「傷はきっと綺麗に治るから心配しないで!ウチの先生はすごく腕がいいのよ!」
「そうですか…」
「もうすぐ様子を見に来てくれると思うから」

励まされれてるなーなんて乾いた笑いを零す。ほんとに、なんで、こんな目に合わねばならんのだ…私なにかしたっけ?しましたか、神様。
つらい、なにかこの分を取り返すいい事が起こらないと割に合わない。例えば…そうだな、イケメンが目の前に現れるとかそういうやつ。

「あ、噂をすればきたきた」

静かに開いた病室の扉から人影が入ってくる。
真っ直ぐに私のいるベッドに向かってきたその人の隣で「さっき話した頭の縫合をしてくれた、ロー先生よ」なんてナースさんは微笑んだ。

お医者さんにしては少し人相が悪いというか、無表情というか愛想が無いというか。それでも白衣を身にまとったロー先生という人は、

「い、イケメンだ…」

かっこよかった。もうそれはとても。
ああ神様。貴方の創った…かどうかは知らないけど、この世はよくできている。

「怪我の功名ですかね」と思わず呟いた私に「………怪我がデカすぎるだろ」とわざわざ困惑気味に返してくれたロー先生に不覚にも胸がきゅんとした。


あ、この入院生活意外と悪くないのでは…?

とか思ってみたりして。


← →

×