『一位のアナタには今日とってもびっくりなサプライズが待っているかも!』

ポップな色合いの映像と共に可愛いアナウンサーの声がテレビから聞こえる。リクライニングベッドにもたれたまま見つめる液晶の左上には7:59の時刻表記。

『それでは今日も元気にいってらっしゃい!』

その言葉とともに時刻が8:00に切り替われば、番組も同時に変わる。楽しみにしていたおめざめテレビの放送が終わったのだ。

「…一位か〜」

よく晴れた今日の青空を窓から眺めて、そう独り言を零した。


*****


「包帯取るぞ」
「あ、ハイ」

ロー先生から掛けられた声に頷く。包帯が外されるその間にも体調の良し悪しやめまいの有り無しなど淡々と質問を繰り返されるそれはいつも通りの回診中のやり取り。それなのにいつもより沈黙が多いのはなぜだろうと思ったら私が全然話しかけていないからということに気づいた。
先生は頭の傷を確認した後、またいつも通りに包帯を巻き直してくれる。その最中私の頭の中に過っていたのは昨日の夜にナースさんが言っていた台詞で。

だってロー先生、ナマエさんの回診に行く時はとても楽しそうだもの

私の回診に行く時に、とても楽しそう。ロー先生が。
それはまさに、寝耳に水。青天の霹靂。そんなことが起こりうるのかという発言だった。ちなみにどんな根拠でそう思うのか聞いてみたら「女の勘」という至極アバウトな返答で。でも妙にあのナースさんが言うことに信憑性があるように感じるのはなんとなくナミに似ているからだろうか。顔というか雰囲気というか、ちょっと強気で食えない感じがどことなく似ている。もしかして推しフィルターかかってる?

そんなことを悶々と考え込んでいればいつの間にか包帯は巻き終わっており、ふいにバチリと音を立てたかのようにロー先生と目が合った。先生の表情はいつも通りのポーカーフェイス。

(た、楽しそうなのかコレ…?)

どう見たって…そうは見えなくて。まず先生って楽しいっていう感情あるのだろうか。
めちゃくちゃ失礼な感想を抱いていることには気づかずにまじまじと顔を見つめすぎていたのだろう、しばらくして分かりやすくロー先生の眉間に皺が寄った。あっ、やばい。

「…何だ」
「ひぃ!ナンデモアリマセン!」

やっぱ楽しそうっていうのは言い過ぎな気がしますよナースさん!
圧を含んだ声音に飛び上がるようにして視線を逸らした。確かに通常あまり患者と話さないというロー先生にとって私は珍しい患者なんだろうな、という自覚はある。だからといって楽しそうっていうのはあまりにも聞こえが良すぎる表現なのでは。思われるとすれば面倒な患者かもしくはビビらせ要因か…あ、もしかして楽しそうってそういう意味か!?今度はどうやって脅かせてやろうみたいな!確かにこの人そんなこと考えてそう…!

また一人ぐるぐると迷宮のような思考回路の中を彷徨えば当然会話は無い。そりゃそうだ、私たちの会話はほとんど私が話すことで成り立つのだから。診察はもう終わってしまった。沈黙が続くこの場にこれ以上ロー先生がいる必要も無い。だから入院したばかりの頃のようにさっさと先生はここから出て行くのだろうと、そう思っていた。

「…意外だな」

しかしぽつりと落とされた先生の一言。声のした方向から、凪いだ双眸が私を捉えていた。

「てっきり今日はいつも以上にうるさいものだと思っていた」
「…へ?」
「あの女の天気予報、今日からだったんだろ?」

何も話さなくていいのか?
それはまるで、私の話を聞くつもりだった、と言うような口ぶりで。そう捉えるのは…お気楽すぎるだろうか。目を見開いたまま硬直する私に、ロー先生は白衣のポケットに手を突っ込んで少し気まずそうに軽く視線を泳がせた。

「…別に観てないとかならいいが」
「えっ、いやそんな!もちろん観ましたよ!ばっちり観てます!ナミは相変わらず朝からそりゃもうとても可愛くて!」
「……」
「あの子可愛いだけじゃなくて頭もいいので話してることが分かりやすいやすいというか、えっと…ちゃんと天気のことも勉強してるのが伝わってきて…」

あれ、なんでだろう。大好きな推しの話をしてるのになんか、口が上手く回らない。心臓がすごくうるさい。

「…最初、はアイドルがキャスター紛いのことをするなんて、って叩かれてたんです。だけどさっきネット見たらすごく好評だったんですよ、ファンとしても鼻が高いっていうか」
「……ふっ」

推しのことを話す興奮か、それともこの謎の胸のざわめきか、早口気味の私に先生が息を零すように笑うのが分かった。

「先生…?」
「いや、なんでもない」

先生はそう言って徐にベッド横の椅子に座る。そのまま、それで?なんて続きを促すものだからもうびっくりしてしまって。

「先生…この後も仕事あるんじゃ」
「ああ、お前の回診の後は少し空き時間を作ってある」
「え」
「いつもだが、今回は特に話に付き合わされるだろうと思ってたからな。誰にも言うなよ」

しょうがないから、とでも言うように少しだけ困った笑みを浮かべる。でもそれは嫌々という雰囲気は全くなく、温かみを仄かに感じるような優しいものだった。

「……どうした」
「へっ!?あ、いや!」

どうしよう。どうしよう、

(浮かれて、しまう)

特別扱い∞楽しそう
昨日ナースさんが言っていたキーワードが頭の中を何度も通過する。そんな訳ない。ロー先生がそんなあからさまなことするわけ無いって思うのに。
でもロー先生もナマエさんのこと気に入ってると思うのよね
本当に、そうだったりするんだろうか。

(意識してしまう…!)

ナミのことを考えようとするのに、ナミの話をしたいのに、全然頭が働いてくれない。

「…っあ!星座占い!」

その時、ふと降りてきたそのワードが口をついて出てきた。

「星座占い観ましたよ!ロー先生!」

意外と当たるという噂の星座占いの結果を教える。そう一方的に約束していたことを思い出して、これ幸いにと話を振ればロー先生はまた息を零すように笑って「ああ」と言う。もちろんその話も覚えているというような顔だった。

「先生は三位でしたよ。妹さんは四位です」

教えてもらった先生と妹さんの誕生日。先生はなんとなく雪が似合うイメージだったからてっきり冬生まれかと思っていれば10月だったので少し意外だった。

「ちなみに先生のラッキーアイテムは白い服だったので白衣はぴったりですね」

纏った白衣を指さして、へへへと笑みを零す。先生は一瞬だけ考えるように視線を泳がせた。

「……お前は」
「はい?」
「…いや、やっぱいい」
「…?」

どうしたんだろう?妙に歯切れの悪い口ぶりに首を傾げる。結局その理由は分からないままだったが、その後も先生は時間の許す限り病室に居てくれた。


*****


お昼の時間もとっくに過ぎてちょうど小腹が空くような時間帯。病室を出た私は病棟の外れにある自動販売機に向かっていた。

「……あれっ?」

その自動販売機の前に立つ一人の人物。スラリとした体躯と纏う白衣のポケットに手を突っ込んだ立ち姿はよく見覚えがあって。考えるよりも先に私はその名前を口にしていた。

「ロー先生!」
「!」

私の声に反応した相手は弾かれたように顔をこちらに向ける。前に一度だけ小児科の子供たちといたのを見かけたものの、病室以外で会うなんて珍しい!喜びの感情に任せてパタパタとスリッパを鳴らしながら先生の元に駆け寄る。すると険しい顔で「怪我人が走るな」と怒られてしまった。

「すみません。ロー先生見かけちゃったので、つい」
「…転けても知らねェぞ」
「はあい」

ぶっきらぼうに言いながらもこの人は実際に転けたら助けてくれるんだろうな、なんて思ってしまう私はお気楽すぎるだろうか。ああでも後でしこたま怒られそう。それは嫌だなあ、なんて笑いながら気の抜けたように返事をすればいつもの呆れたようなため息が落ちてきた。

「珍しいですね、こんなところで会うなんて」
「そうだな」
「よく来るんですか?」
「…まあたまに」

自販機の前、二人並んで立てば少し気だるそうな雰囲気で受け答えをする横顔を見上げた。高い鼻、形のいい唇…ロー先生のそれはまるで彫刻作品のように綺麗で。つい見つめてしまっていればその間にドリンクを買ったのか、ガコン、と商品が落ちた音とともに先生はその長い足を折りたたんで下からそれを取る。すると、ふいにしゃがんだままの先生がこちらを見上げた。

「ナマエこそ珍しいな、ここに来るのは」
「えへへ、そうなんですよ。まあ…たまにはいいかなと思いまして」

実は私がここに来たのは明確な理由がある、けれど。全然大したことではないためにわざわざそれは言わなかった。
『一位のアナタには今日とってもびっくりなサプライズが待っているかも!』
朝に観たおめざめテレビの星座占い。頭の中で反復させたのは私の星座の内容で。
『ラッキーアイテムはカフェオレ≠ナす!』
そしてそのラッキーアイテムを手に入れることこそがここに来た理由だった。いつもならそんなラッキーアイテムまで気にしたりすることはない。ないけれど、暇を持て余した入院中の私にも用意できそうなものだったから。だから本当になんとなくなのだ。

(でも…)

隣にいるその姿を再度横目で見る。
こうして会えると思っていなかった人に会えているのだから、効果アリと言うべきか。やっぱりこの星座占いは当たるのかも、なんて内心独りごちては笑みが零れた。

「ナマエ」

さて、じゃあ私もお目当てのものを買おうと小銭を販売機の中に入れた時。呼ばれた名前に反応するよりもひと足早く、何かがニュッと横から視界に入って来た。否応なしにその何かを目視すれば、私は硬直することになる。

「やる」
「…えっ?」

流れる動作でポンと右手に置かれたそれ。手中に収まったのはひんやりと冷たい缶飲料で、カフェオレ≠ニ大きくそこに書かれていた。…えっ、ちょっと待って、なんで私が買おうとしたやつ…エスパー?そんな動揺もそのまま握ったカフェオレとロー先生の顔を何度も見比べる。立ち上がった先生はいつもの無表情で私を見下ろした。

「おれは飲まないからやる」
「えっ」
「お前の相手してたら間違えた」

あ…ああ、なるほどそういうことか。そう納得すれば一瞬思わず変な考えが過ぎってしまった自分を慌てて叱咤した。実はこの人も星座占い観てくれてたとか、その上でこれをくれたんじゃないかとか…もし仮に観ていたとしてもどうやって私の星座を知れるんだ。私は何も言っていないのに。
さすがに有り得ないと思い直して、お礼もそこそこに代金を払うと言えば「いらない」と先生は歩き出してしまった。

「ちょっ、悪いんでお金払いますよ…!」

たかだか百円ちょっとだけど奢られるのは申し訳ない。すれ違うように横を通り過ぎた背中に声をかける。すると数歩歩いた先で先生は徐に立ち止まると、くるりとこちらを振り向いた。

「ナマエ」

見せたその顔はなぜかとても意地悪…かつ綺麗な笑顔で。

「いい事あるといいな」

発せられたその台詞に思考が一時停止した。

「……ん?」

ぽかんと呆けた私の表情に含み笑いを深めた先生はまた背中を向けて歩き出してしまう。ひらひらと右手を軽く振りながら。
私は再度握ったままのそれに目をやる。渡されたカフェオレ、今日の私の星座占いの結果、そして今さっき言った先生の台詞。まるでパズルのピースが一つずつはまっていくように呼び起こすこれらは、偶然?…さすがにそんな訳ないって私でも分かる。
───もしかするとこの人、

「ろっ…ロー先生!」

スタスタと歩いて行ってしまう背中を追いかけようとすれば、自販機にお金を入れたままだったことに気づいて慌てて急ブレーキをかけた。ああもう!急いでお金の返却レバーを押す。その間にもどんどん背中は遠くなるばかりで。

「先生ってば!」

これをくれたのは、本当に間違ったからなんですか。もしかして先生も星座占い観てたんですか。ZAP派じゃなかったんですか。なんで、私の星座知ってるんですか。
心臓がバクバクと高鳴る。顔が熱くなる。ねえ、やっぱり少しは思っていいのかな。ほんの少しだけでも、自惚れてもいいのかな。
返却された小銭を引っ掴んで遠くなった背中を追いかければパタパタと慌ただしいスリッパの音が鳴った。きっと優しいこの人はこの音を聞けば。

「怪我人が走るなって言っただろ」

やっぱり、そう言って振り返るから。聞きたいことがたくさんある。それはもうたくさん。本当にあるけれど、開口一番、勢いに任せるように伝えたのはこれだった。

「いい事は今ありました!」

笑って伝えたそれに、先生は一瞬目を見開いた後、ふ、と息を零す。

「…そうか」

よかったな、なんて言うその口の端が微かに上がったのはきっと見間違いじゃないんだろう。

「これ飲むのもったいないので飾ってもいいですか?」
「いやすぐ飲めよ」

とってもびっくりなサプライズが待っているかも。…おめざめテレビさん、本当にとんでもないサプライズがやって来ました。やっぱりこの占いは当たるみたいです。


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