「妹さん可愛いですね。何歳ですか?大学生くらいですか?名前は?」
「あーもう一気に聞くな!」

先生の妹だというスマホの画像に写る女の子。先生が約束を覚えていてくれた喜びと彼女に対する興味についつい質問攻めになってしまった私に顔をしかめながらも、ロー先生は質問に一つずつ答えてくれた。名前はラミちゃん。あまり自分と似てないのはラミちゃんが母親似だかららしい。ということはロー先生は父親似か。なるほど。年齢は大学三回生の21歳らしく、なんと偶然にも私と同い年だった。ちなみにそのことを言ったときの先生の反応ったらもう、めちゃくちゃ失礼で。

「…成人済みとは思えないな」

一見字面だけだと若く見えるとかそういうことなのかと捉えれそうだが、驚きを通り越してもはや感心と言いたげなその顔が雄弁に語っていた。もっと落ち着いた方がいいぞお前、と。くっそー、好きなように言わせておけば!

「なら私はこんな型破りな医者が存在してたことに衝撃なんですけど」
「何か言ったかナマエ」
「ナンデモアリマセン」

ほんのちょっとの反撃にもすかさず飛んできた鋭い視線にサッと明後日の方向を見遣る。だってそうでしょう!患者に舌打ちはするわ怯えさすわ脅かすわ。普通病院にいたら味わえないはずのリスクをここでは味わっている気がする。

「むしろ潔いとは思いますけどね」
「おれも人くらいは選ぶ」
「…あの、その理論でいくと私はそういう対象に選ばれているということになりますけど」
「フッ、ご名答だな」
「ちょっと!?」

こんな調子でずっとロー先生にはいじられ?続けた結果、その日先生は夜の面会時間ギリギリまで一緒にいてくれた。夜の検温にやってきたナースさんにそれはそれは驚かれることになったのは無理もない。


*****


先日ロー先生と揉めて病室を飛び出した迷惑なあの男の患者さん。あれから行方が分からずじまいだったのだが、結局転院するという事実を今日の朝ナースさんから聞いた。揉めた当日は病室を移動したのみだったらしいが、ここでは治療したくないとの一点張りだったらしく。やむを得ず今日にも隣町の病院に移ってしまうとのこと。
まあ原因は十中八九、ロー先生だろう。

「ロー先生」

いつも通りに回診で頭の傷を確認してもらう。名前を呼べば包帯を巻き終えたロー先生が「何だ」と言って目線を投げてきた。なんかもう私が話しかけるのが普通といった雰囲気にちょっとだけ嬉しくなる。

「あの男の人転院しちゃうって聞いたんですけど」
「誰だ」
「ほら、最初あそこのベッドにいて先生と揉めた患者さんですよ」

斜め前の入り口側のベッドを指さす。ロー先生は私の指先を追いかけるようにそこのベッドを見遣ると、ああ、と声を漏らした。

「らしいな」
「え、軽…」
「どうせそうしないうちに戻ってくる」
「戻って、くる?」

戻ってくるって一体どういう事だろう。首を傾げた私に先生が軽く息を吐く。徐にベッド横の椅子に腰かけると「他の患者のことだから言いふらすなよ」と前置きした上で話してくれた。

「あの患者の症例は極めて稀だから誰でも手術できる訳じゃない」
「と、言うと…?」
「転院先じゃ治療できないということだ」

あ、そういえば二人が揉めてたときにそんな感じのことを言っていた気がする。ここでしか治せないからわざわざ来たとか、紹介状見ただろ、とか。
えっ、じゃあ待てよ…またあの人が戻ってきてロー先生に担当してもらうことになるとすればそれはすなわち…

「ロー先生あの人のこと殺しちゃうんですか?」
「お前な…勝手におれを人殺しにすんじゃねェ」
「だって」

口ごたえするあの人にロー先生が言ったのに。「おれは医者だけど聖人君主じゃないから口には気をつけろ」って。多分その場にいた人間はあの台詞の意味を同じように捉えただろう。まあ仮にそれが無かったとしても、あれだけ好き勝手文句言ってナースさんや周りの人たちに当たり散らすような人だ。あんな人間を結局自分の手で治さなきゃいけない、って考えると…私なら嫌だと思ってしまう。
ゆるゆると俯く私にロー先生はまた一つ息を吐いた。

「確かにおれは聖人君主じゃねェが、医者だからな。最低限の義務は果たす。その後のことはソイツ次第だ」
「つまりわざと医療ミスとかは…」
「おれを人殺しにするなって言ってんだろ」

むぎゅっと鼻を摘ままれて「んぎゃ」なんてカエルが潰されたような声が出た。それに先生はククッと喉を鳴らすとこの話は終わりだと椅子から立ち上がる。でも…そうか、わざわざそうやって病気を治してもらいにここに来なきゃいけない患者さんが存在するってことは。

「ロー先生は本当にすごいお医者さんなんですね」

思わず真面目なトーンで零したそれに先生は少し驚いたように私を見下ろす。そして「今更だな」と微笑った。そこでまた謙遜しないところがロー先生らしいというかなんというか。まあそんなところもかっこいいけど。

「あ、ということはこの頭の怪我をロー先生に治療してもらったのってめちゃくちゃ運がいいってことですか?」

そういえばナースさんも手術後にウチの先生はすごく腕がいいって言っていたことを思い出す。頭の包帯を指さす私に先生は一瞬考えるように視線を巡らせる。そして静かな瞳でじっとこちらを見据えた。

「…さあどうだろうな。おれも人間だから騒がしい奴にはうっかりミスしてるかもしれない」
「え…やだそれ冗談ですよね?」
「そういう反応をするということは騒がしいっていう自覚があったのか」
「失礼な!これでも一応ありますけど…!」

まあ我ながらうるさいであろう自覚は本当にある。苦虫を噛み潰したような表情をすれば先生は鼻で笑った後に視線を頭の包帯に向けた。

「…まあ、悪くはない」
「えっとそれは…詳しく言うと?」
「抜糸後のお楽しみだな」
「ちょっと先生そこは「おれが処置したんだ、抜かりはねェ!」くらい言ってくださいよ!」

あまりにも曖昧で含みのある言い方に、思わず冷や汗をかいてしまうのは無理もないだろう。縋るようにロー先生の白衣を掴めばその口元は怪しく歪んでいた。あ、これもしかしてまた私をビビらそうとしてるのか!?

「私女の子なのに!」
「なんだナマエ、お前女の自覚もちゃんとあったのか」
「本当にひどいですね!?」

どっからどう見ても妹さんと同世代の女の子でしょうが!と言うとそれはそれは馬鹿にするようにもう一度鼻で笑われた。自分の顔がいいからってこいつ…確かに私はお宅の妹さんとも比べて劣ってるかもしれないですけれど!

「おれが処置したんだ、抜かりはねェ」
「驚くくらい棒読みな上に、笑いながら言う台詞じゃないですよね…!」

先生の顔には未だにニヤニヤと決して爽やかではない部類の笑顔が浮かんでいる。それを恨めしく睨み上げてみたものの、一向に表情を崩さない先生に大して効果はないだろうとすぐに悟った。まあ仮に痕が残っても髪の毛でなんとか隠せるようなところだし別にいいけどさ…。俯かせた視線とともに大きなため息を吐く。
そうするとククッと先生が喉を鳴らした音が聞こえてきた後、頭の上にポン、と優しく何かが乗った。…この感覚は知っている。だって昨日も、同じことがあった。

「本当だよ。上手くやってる」

鼓膜を震わせた台詞に弾かれるように顔を見上げた先…私の頭を撫でるロー先生の顔。そこには笑顔が浮かんでいた。でもそれはさっきとは全く違う。見慣れた意地悪な笑顔じゃなくて、ゆるりと瞳を細めた優しい、笑顔。どきりと心臓が跳ねた。

「女の顔に傷は残せないだろ?」

女の…顔…。ゆっくりと数秒の時間をかけて言葉の意味を理解していくにつれて身体中の熱が顔に集まっていく。

「あ…悪徳医師の言うことは信用しませんけど…!?」

どんどん熱くなる顔に慌ててロー先生から視線を逸らした。なんだこれ…なんだこれ!?目の前がぐるぐるしているのは頭の怪我によるめまいのせいか。それとも。
せめてものやり返しだとついた私の悪態は動揺そのままに声が震えている。それに先生は「そうか」なんて笑うと、仕切りのカーテンを開けた。

「心配しなくても綺麗に治るぞ、それ」

振り返りざま、トントンと自分の左のこめかみ部分…私の傷と同じ個所を指で叩く。そしてまた優しく笑ってそのまま行ってしまった。


「………」

病室で一人、先生が出て行ったのを見送った状態のまま静止する。多分軽く十秒くらいは固まっていたんじゃないだろうか。

「〜〜ッ!?」

そしていざ静止が解かれれば、声にならない声を上げて一気に力が抜けたようにリクライニングのベッドに背中を預けた。とてもじっとなんてしてられなくて思わずベッドのシーツを蹴飛ばす。

(やばい、なんなの今の顔…!)

あんなの…あんなの反則だ!心臓はまるで坂道を全力で駆け上がったかのように激しく脈打つ。自分の顔を触れば熱があるんじゃないかというくらい熱かった。



結局「抜糸後のお楽しみ」と意地悪に笑った先生と「女の顔に傷は残せない」と優しく笑った先生のどちらの言葉が本当なのか混乱を極めた私は、夜に薬を持ってきてくれたナースさんに傷口を確認してもらった。

「惚れ惚れするくらいに綺麗な縫合よ!」

感激とばかりにいい笑顔を零しながらそう言ったナースさんの台詞に、私はまた思わず赤面してしまうことになる。


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