※謎時空
※主人公=麦わらの一味



ここのところ、気づけば目で追っている気がする。そんなことをどこかぼんやりとした頭の中でローは考えていた。同盟相手として限られた時間ではあるものの行動を共にしている麦わらの一味はすぐに宴だなんだとひっきりなしに騒がしい。

「おーい名前〜!お前もこっちこいよ〜!コレすんげェうめェぞ!!」
「はいはい、今行くからそんな急がないで」

その女はいつもその輪の中にいる…というより連れられるという方が正しいのだろう。
今夜も殆どこじつけのような理由をつけて宴を開く麦わらの一味をローは甲板の端から鬼哭を抱えたまま座り込んで眺めていた。過去にゾロの絡み酒に巻き込まれて散々な目にあった経験があるため一定の距離を保ったそこで酒を煽れば、一際騒がしい麦わらの船長に手を引かれる名前の姿が目に入る。
ニコニコと人当たりのいい笑顔を振りまく彼女はクセ者揃いの一味の中では良識のある人物というのがローの認識だ。一見大人しそうにも取れる彼女だが、麦わらの船長を初めとして船員皆から引っ張りだこで親しまれるのを見ているとやはり只者ではないのかもしれないが。

次第にコックやら長鼻やらがわらわらと名前の周りに集まってきて騒々しくなる。その様を一通り目にしたローは無意識にその顔に微笑を浮かべた。
すると不意にローの辺りを影が覆ってきて、それに顔を上げる。すると一味の航海士がにっこりとこちらを見下ろしていた。

「ナミ屋か」
「隣いいかしら?」

疑問形で聞いておきながら返答を待つことなくナミはローの隣に座る。仮に断ったとしても無駄なのは分かっていた。この一味の面子はいっそ清々しい程に人の話を聞かないのは散々この身をもって知っている。何の用だと視線だけで問えば、にっこりとまた読めない笑顔を返された。

「なによ、せっかくこんな美人がわざわざ隣に来てあげたっていうのにその嫌そうな顔」
「…自分で言うのかそれを」
「それとも名前の方がよかったかしら?」
「!」

思わず鬼哭を握った手がピクリと跳ねる。それに目敏く気づいたナミは意を得たりとばかりにその笑みを深くした。
ああ、面倒なことになった。ローは苦虫を噛み潰したような心地になり、帽子を目深く被り直す。

「トラ男ったらずっと名前を見てるんだもの」
「………」
「名前のこと気になる?」
「…別に」

ふうん、とナミは言うがその表情からは凡そ納得したような雰囲気は微塵も感じない。それよりも自分が名前のことを見ていたのに気づかれていたということの方がローにとっては大問題だった。そんな大っぴらにしていたつもりは無かったのに、まさかバレるだなんて。しかもよりによってこの食えない女に。完全に想定外だ。

「トラ男はああいうのが好みなのねえ」
「おい」
「照れなくてもいいわよ、名前はいい女だと私も思ってるし」

一体この女は何をしに来たのか。頼んでもいないのに名前の話を楽しそうに話し始めるナミにローは居心地が悪くなる。まあ大方からかいに来たのは間違い無いだろうが。
しばらく話すだけ話せば「で、本題なんだけど」とナミは切り出す。やっぱり何かあるのか。微塵も聞きたい気持ちは無かったが、とりあえず「何だ」とローが返答すれば、キラリ、とナミの瞳が怪しく光ったように感じた。

「よかったら私が協力してもいいわよ」
「……」
「勿論有料で、ね」

語尾にハートが付くようなそれに深くローはため息を零した。そうだ、こいつはそういう女だったと。


*****


視界の端に映ったそれに、あまり見ない組み合わせだな、と名前は感じた。
甲板の隅でなにやら話し込むのはナミと同盟相手である船長のローで。距離があるため会話の内容は全く聞こえないが、一言二言交わせばナミが愉しそうに笑顔を零す。こちらからは角度のせいでローの表情は分からないが、ナミの様子を見るに邪険にはしていないと思われた。

死の外科医≠ニいう恐ろしい異名を持ち、また最悪の世代≠ニして億超えの懸賞金がその首に掛けられる彼は意外にも優しい。優しいというのはあくまでも名前個人の主観だが、きっと自分の仲間たちもみんな似たような感想をローに抱いている。少なくとも嫌な印象は持たれていないのは確実だろう。

あまり名前とローはそう頻繁に会話を交わしたことは無い。だがルフィを初めとした一味たちに散々振り回されても何やかんやで最後まで付き合ってくれるところとか、トラ男≠セなんて可愛らしいあだ名を付けられても特に意に介す様子が無いところとか。
同盟相手として幾度と修羅場を乗り越えるうちに、いつの間にかこの男の存在が名前は少し気になり始めていた。最初名前自身全くの無意識だったものの、それはいつの間にかローの姿を目で追うという行動として現れており、ナミから指摘を受けて初めて自分の心の変化に気づいたのだが。
そのローが他人と親しげに話している。しかもその相手はよりによって唯一名前の変化に気づいてるナミで。
ナミはとっても可愛くて美人だ。そりゃあんな美女を相手にできるならどんな男だって嬉しいだろうなと名前は思う。これがルフィやゾロだったのなら、こんなに気になったりすることは無かったのだろうか。それは名前自身にも分からないけれど、とにかくあの二人が気にかかってしょうがなかった。

「名前どうかしたのか?」
「!」

不意に掛けられた声に散漫していた意識が戻ってくる。声のした方へ目をやるとトナカイの船医が不思議そうな顔でこちらを見上げていた。

「えっと…」

大丈夫だよ、そう笑って誤魔化せればいいものを思わず名前は言い淀んだ。もう一度チラリとそこを見れば、コソコソとローとナミが話し込んでいるのが目に入る。そしてバシバシとナミが可笑しそうにローの腕を叩いていた。
ああ、なんだろう。なんか、すごく…

「…チョッパー、私どっかおかしいのかもしれない」
「え……なんだって!?」
「なんか…なんか胸が苦しいっていうかモヤモヤする?っていうか」
「そっ、それは大変だ!」

チョッパーは瞬時に医者の顔をして、名前の手首に触れ脈を測る。顔色や下瞼の中を確認したりとテキパキとしたその様は流石船医といったところで他人事のように名前は感心してしまった。

「特別何かある訳でも無さそうだけど…一応部屋で休んだ方がいいかもしれない」
「うん、じゃあそうする」

医者の言うことには素直に聞いておくことより他ないと首を縦に振れば、どんちゃん騒ぎの中でチョッパーは近くにいたウソップにひと言声をかける。「大丈夫か?」と心配そうに言ってくれたウソップに笑顔で頷きながら、名前はチョッパーと共に部屋に向かった。




船内は先程までの騒がしさが嘘のようで、ふかふかのベッドの中に入れば名前は深く息を着いた。
チョッパーは持ち出してきた聴診器で心音を聴くと、おれもここにいるからな!と笑うのでそれは申し訳ないと名前は首を横に振った。

「私なら寝てれば大丈夫だから」
「でも…」
「チョッパーも宴に戻りたいでしょ?」

サンジくんが今からデザート作るって言ってたよ、と伝えてあげれば分かりやすくチョッパーはたじろいだ。素直で可愛いと笑みが零れる。

「何かあったらすぐ言うんだぞ!絶対だぞ!」
「うん、分かった」

パタンと閉まった扉を見届けて名前は横になる。瞳を閉じれば否応なしに浮かんでくるのはさっきのローとナミの様子で。ああもう早く寝てしまおうと頭まで布団を覆い被せるが静寂に包まれた誰もいない空間はぐるぐると無駄に思考を捗らせるばかり。次第に収まっていた胸のモヤモヤも増していくので、これなら騒がしいところに身を置いていた方がマシだったかもしれない。
選択を間違えたと早速後悔の波に飲まれていれば、ガチャリと扉が開く音がした。チョッパーが何か忘れ物をしたのだろうかと布団から顔を出せば、目に入った人物に名前は思わず飛び起きた。

「そんな急に起き上がって大丈夫なのか」
「な、なっ……!?」

なんでここに!?
身の丈程もある刀を担いだ男は紛れもないローだった。

「なんで…」
「体調が良くないらしいから診ておけとナ……トニー屋から頼まれた」

チョッパー!よりによってなんでその人選!?と一瞬思ったが、そうだこの人医者だったとすぐに思い直す。間違えた。やっぱりこの選択間違えた!
激しく襲いかかる後悔の荒波に頭を抱える名前を他所にローはベッド横にある椅子に腰掛ける。そして名前の手首を取った。

「……少し脈が速いな」

動揺してるからだよ!!!
内心盛大なツッコミをかますがもちろんロー本人に届くことはなく、深く項垂れることしか出来ない。

「あの、宴に戻った方がいいんじゃ…」
「別に構わねェ。騒がしくて疲れたところだから丁度いい」
「………」

そして訪れるのは無言。そりゃそうだ、名前とローは大して会話をしたことが無い。他の仲間が間にいるならまだしも、二人きりなど余計に何を話せばいいのやら。
こちらは一応病人、別に気にせず寝てしまえばいいのだろうけどそんなことが出来れば苦労はしていない。

「…おい、顔が赤いぞ」
「へ?」
「熱があるのか」

ガタ、とローが腰を上げる。そしてこちらに触れようとして来るので思わず名前は仰け反るように避けてしまった。ローがムッと眉を寄せるのが目に入る。

「……おい」
「いや、あの、無いです!熱なんて!」
「…実際にある奴ほどそう言うんだよ」

そう言ってまたローが近づくので、名前は逃げるように避けた。

(だって、だって心の準備が!)

心の準備ってなんだと自分でも思うところはあるが、とにかく今触れられたらなんか色々まずい気がする!そう思うほどますます心臓が煩くそして顔が熱くなるようだが、それが余計にローを変な方向へ心配させていることに名前は気づいていない。
「熱がある」「熱は無い」の言葉の応酬を幾度か繰り返したあと、深く深くため息を着いたのはローの方だった。

「……そんなにおれに触られるのは嫌か」

それは低くて小さな声だった。ビクリと肩が震えて、ローの方を見れば眉間に皺を寄せて何かに耐えるような、そんな顔をしていた。
あ、と思う。途端に心臓が早鐘を打ち始めるが、さっきまでとは違う。これは不安を煽るようなやつだ。

「…トニー屋を呼んでくる。それならいいだろ」

顔を背けてローが立ち上がった。名前から背を向けて扉の方へ歩こうとする。このまま行ってしまうのか。部屋を出て、チョッパーを呼んで、そしてローはまたナミのところへ行ってしまうのだろうか。

「…っ、待って!」

それは、嫌だ。
そう思った瞬間、名前の手は反射的にローの服を掴んでいた。驚いた様子の顔がこちらを振り向く。

「…あの、治るから…だから、居てください」
「……」
「っ…トラ男さんが、いいです」

ああ何を私は口走ってるんだ!そう思えど後の祭りで、右往左往に激しく泳がせた瞳をきつく閉じる。バクバクと心臓がうるさい。息が詰まりそうだ。
ローは何も言わない。続く無言の間があまりにも苦しいのでやっぱりチョッパーを呼んで貰おうと思った時、ローが椅子に座り直す気配がした。すると袖を掴んでいた手が優しく握り込まれて弾かれたように名前は顔を上げる。

「分かった」

あ……笑った。
それは一見分かりにくいけれど。でも確かにゆるりと微笑むように柔らかくローは笑っていた。その表情を見ているとじわじわと顔に熱が集まるのが分かって、頂点に達する前に堪らず名前は三角座りをするように蹲った。
だって、そんな顔するなんて、知らない。

「やっぱり顔が赤いぞ。熱があるんじゃないのか」
「ありません…!」

握られた手はその後も何故か解かれることはなくて、宴が終わった後に気を利かせたサンジが紅茶を持ってきてくれるまでずっとそのままだった。



title : icca


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