「──…て」

遠くから声が聞こえる。

「……きて、…て!」

誰、だろう。トーンの高さ的に女の子…だろうか。

「───起きて!」
「っ!」

ビクリと反射的に身体が震えた後、突如として意識が覚醒する。閉じていた目を見開いた先に広がっていたのは何も無い、深淵の奥底のような暗闇。あれ…私なにしてたっけ。仰向けに横たわった状態のまま瞬きを何度が繰り返す。確かエースくんが家にきて、一緒に過ごして…。絡まった紐を解くように頭の中の記憶を整理していれば、同時に湧き上がってきたのは疑問。私は自宅の寝室で彼と寝た…はず。ここは、どこ?

「やっと起きた」
「わぁ!?」

状況を確認しようと上半身を起こせば聞こえてきた声に大袈裟なリアクションをしてしまった。すぐ隣、声のした方向に顔を向ける。
…人間というものは本気で驚いた時、声すらまともに出せない。
目に入ったその声の主に私はどこかで耳にしたその言葉を身をもって知ることになった。

私と生き写しのようにそっくりな顔…しかしほんの少しだけあどけなさを残した女の子。そんな人物がゆったりと隣で微笑んでいた。彼女にはひどく見覚えがある。忘れるわけもない、紛れもなく一度夢に出てきたあの時の…!近くで改めて見る顔は、見れば見るほどやはり私と瓜二つで。恐怖か動揺か、はたまた両方か。小刻みに震える身体もそのままに顔を凝視する。そんなこちらの心情を知ってか知らずか彼女は安心したかのように分かりやすくため息をついた。

「よかった。話せる機会ができて」
「話す…?それよりもあなた一体誰なの…!?」

ここはどこなのか、なぜこんなところにいるのか。話せる機会って?突然として陥った摩訶不思議な状況に疑問はたくさん湧いて出る。でも何よりもまず最初に聞きたいのはそれに尽きた。夢を見た日から私はずっと考えていた。自分とそっくりなこの人物は何者なのか。この問いに彼女は目を瞬かせる。そして「そうか、まだなのか」納得したかのように呟いて微笑った。

「私はあなたで、あなたではない」
「は…?」
「きっと近いうちに分かる。私と会ったということはそういうことだから」

…言っている意味が、分からない。訝しげな視線を投げても彼女はそれ以上何も言うつもりは無いようでただその顔に微笑みを浮かべるだけだった。だが、どうしてだろうか。前に夢で見た彼女はそれはとても幸せそうな表情をしていた。同じ顔であるはずの私が思わず目を見張ってしまうほど。なのに、今私の目の前にいる彼女は、

(どうしてそんなに悲しそうなの…?)

微笑っているのに、泣いている。ずっと、泣いているようだった。
何故。そう聞こうとして口を開いた瞬間、眩い光が途端に辺りを覆った。さっきまでの暗闇が嘘のような真っ白の世界に顔を顰める。すると段々と彼女の身体が光に飲み込まれていくのが目に入って。待って!そう咄嗟に彼女の手を掴んだ。まだ何一つ、私は必要なことを聞けていないのに。彼女は掴まれた己の手を見つめると、眉を下げてまた微笑む。まるで泣いているかのように。そして柔く手を握り返された。

「もう…離しちゃだめだよ。こうしてちゃんと握っててね」
「…!?」
「私はあの時@」してしまったから」

光がさらに彼女を飲み込んでいく。彼女のことは知らない。知らないはず。会話だって今回初めてした。なのに…それなのに、胸が押しつぶされるように私も悲しくて苦しい。ねえ待ってよ。それってどういう意味なの。なんでそんなに泣きそうに笑うの。必死に叫ぼうとしても、なぜか何一つそれらは声として出てきてはくれなくて。
光は未だに容赦なく全てを消し去ろうと侵食する。彼女の手がそれに覆われると、離すまいとそれを握りしめていたはずの私の手はいつの間にか宙を掴んでいた。慌ててもう一度手を伸ばす。でも何も掴むことができない。

「あなたにはこれを言いたかったの」

足掻く私を前に、もう半分以上光に飲まれた顔で彼女はそう言って微笑んだ。しかしそれはさっきまでと違う。笑いながら泣くようなものじゃなくて、初めて彼女を見た時と同じ…綺麗に優しく、幸せに満ち足りたように。

「───エースをよろしく!」




瞼の裏側まで届く光にゆっくりと目を開ける。ぼやけた視界、鼻腔をくすぐる覚えのある匂い。そしてなんだかすごく、あったかい。無意識にその温もりへ擦り寄るよう身を捩れば、程よい圧迫感が身体を包んだ。ああ…とても安心する。

「ナマエちゃん」

誰かが私の名前を呼ぶ。ふわふわとしたまどろみの中で導かれるように視線を上げた先、徐々に焦点が合うその視界に彼がいた。

「おはよ」
「……お、はよ」

柔らかく差し込む陽の光の穏やかさを纏ってエースくんは微笑んでいた。漸く追いついてきた脳内処理が現状を理解すれば、一緒にやってきた羞恥に私の顔は熱くなる。太陽は昇っていて、もうすっかり外は朝になっていた。いつの間に寝てたんだろう…。エースくんと話してたはずなのに途中からの記憶が全くない。寝心地がよかったのは何となく覚えているけれど。

「ナマエちゃん途中魘されてたぞ」
「えっ」
「眉間にこーんな皺寄せて」

私の真似だろうか、ぐっと眉根を寄せたエースくんが険しい顔をする。「嫌な夢でも見た?」と少し心配そうに尋ねられると私は考え込んだ。夢…確かに何か見た気がする。

───私はあなたで、あなたではない

(…!)

そうだ。真っ暗闇の、私と私にそっくりな女の子の二人だけがいる世界。一体何者かと聞いた時に返ってきたその答え。他にも何か話した気がする。でも確か私には彼女の言っている意味が全く理解できなくて。砂嵐が吹く極めて不明瞭な脳内で微かに浮かぶのは泣いているかのように微笑う彼女の顔。そして暗闇から一転して爆ぜた光。その光に飲まれていく中で、最後の最後も彼女は何か言っていた気がする。何だっただろう。ああだめだ、断片的には思い出せるのに重要なことはちっとも思い出せない。とても、とても大事なことだった気がするのに。

「ナマエちゃん?」
「!」
「…大丈夫か?」

ハッとなると、先程より心配の色を強く滲ませたエースくんと目が合う。いつの間にか随分と深く考え込んでいたらしい。不思議と胸の中心がうるさかった。
大事なことを忘れている気がする。妙にそれだけは思うものの、これだけ考えて何も出てこないならそういうことなんだろう。これ以上は詮索するだけ無駄だと割り切って「忘れちゃった」と曖昧に笑った。


*****


「っあ゙〜バイト行きたくねェ〜」

この前も全く同じ台詞を聞いた気がするなあ。ソファで項垂れるエースくんに苦笑を浮かべながらテーブルにカフェオレの入ったマグカップを置いた。

「サボってずっとここにいたい」
「それはだめだよ」
「分かってマス…」

うん、この会話も前にした気がする。そう思いながら彼の隣へ腰かけてカフェオレを口に含んだ。あれから私たちはお昼前までゴロゴロして、結局外に出ることもなく時刻は夕方になろうとしていた。冬で日が短いせいかベランダの外は既に少し暗くてついでに雪もちらついている。昨日といい今日といいとても贅沢な時間の使い方だったな、なんて思い返していれば「なんで笑ってんだ?」とエースくんが不思議そうに隣から顔を覗かせた。無意識だったために思わずキョトンとする。

「私笑ってた?」
「おう」
「うーん…なんでだろ。そうだなあ…」

幸せだな、って思って。
すとんと胸に落ちてきた言葉を素直に声にすれば驚くほどにしっくりきた。街へ出かけて、同じ家に帰って、夜更かしした後に同じベッドで眠って、そして一緒に朝寝坊して。何をするわけでもなくただゆっくりとした時間を過ごすこの時にも、私の隣には当たり前のようにエースくんがいる。そう思うとまるで胸に灯がともったかのようにじんわりと温かくて優しい、何かが溢れる。これは一体何なのか。なかなかその答えが出てこなかったけれど今漸く分かった気がした。そうか、私は今すごく、幸せなんだ。

「うん、幸せ!」

自分で自分に納得して頷く。すると隣にいたエースくんは変な顔をしたと思えば妙な呻き声を上げて「本当にバイト行きたくねェ…」と切実そうに言うものだから思わず笑ってしまった。


「今日からずっとバイト?」
「営業日は。大晦日と元旦は店が休みだからおれも休み」
「あ、そうなんだ」
「ナマエちゃんはもう仕事休みなんだろ」

帰省とかしねェの?と問われたエースくんの言葉に曖昧に笑う。今年は年末年始の休みが長いし帰ってもいいんだけど、帰ったところで振られる話は十中八九結婚関連だしなあ。正直全く気が乗らない。本当に全く。
完全に明後日の方向に逃げようとする心に内心乾いた笑いを零して、エースくんはどうなのか聞いてみると彼は帰省するようだった。帰省先には弟であるルフィくんが元々いて、三兄弟で年末年始を過ごすためサボさんと一緒に大晦日に帰るらしい。聞くところによると今回の帰省はその二人からのたっての願いであるとか。

「なんかあいつら、今回のエースの誕生日は絶対におれたちで祝うんだ!とか言ってすげェ気合い入っててよ。夜通しやるつもりかって勢い。もうそこまで喜ぶような歳でもねェのに」
「へぇ〜二人とも優し………え?」

誕生日?
帰省の話をしていたはずなのに滑り込むように誕生日の話が出てきたことに呆気に取られる。そんな私の動揺に気づいたのか、エースくんは「言ってなかったっけ?」と首を傾げた。

「おれの誕生日1月1日。元旦なんだ」
「え……ええっ!?!?」

そうなの!?あ、なんか仲よくなりたての頃に言ってた気もしなくないっていうか…!正月に誕生日っておめでたいなあ、なんて思った気がする!?ぐるぐる回る頭の中、超高速で当時の記憶を引っ張り出す。
いやでもそれよりも!

「プレゼント…!」

そう、誕生日といえばプレゼント。さっきのリアクションの通り完全にその事実を失念していた私はもちろんそのようなものは用意などしていない。どうしよう、とみるみるうちに青い顔をする私とプレゼントという単語に何を思っているのか察した様子のエースくんは、ああ、と声を漏らす。だがその顔は私と対照的にあっけらかんとしていた。

「別にいーよ、そんなの」
「でも…!」
「ホントに大丈夫だって。周りの奴らがうるせェくらい祝ってくれるし」

彼いわく、この前偶然会った友達のデュースくんもその一人だそう。どうやら共通の知り合いたちがエースくんの誕生日を祝うためにそれは盛大なパーティーを計画しているとかなんとか。あの時に彼らが交わしていた会話の内容はその事で、そこまでしなくてもいいと渋っていたエースくんをデュースくんが説き伏せていたらしい。

「騒がしいのは好きだしありがてェけど、誕生日ってわざわざ名目付けられると気が引けるっつーか恥ずいっつーか…おれは普通にみんなで飲めればいいのに」

首の後ろをかくエースくんはデュースくんとその話をしていた時と同じように気恥しそうな表情をしていた。たかが誕生日、然れど誕生日。兄弟も友達もみんながそれだけ祝おうとするのはひとえに彼の人柄があってのことだろう。人気者は大変だと思うのと同時になぜだか私も嬉しくなってしまった。そしてやっぱり、それだけ周りの人が祝ってくれるなら尚更私が何もしないっていうのは申し訳なくて。

「エースくん幾つになるんだっけ」
「21」
「わ、若い…」
「ナマエちゃんだって若いだろ」
「いやあ…」

分かってたけど。分かってたけど改めて本人から聞くと6歳という埋まらない年齢差を痛感する。それくらいの歳の男の子が喜ぶもの…うーん全然検討がつかないな。顎先に手を添えて考え込むものの全く妙案が浮かばず唸る私にエースくんは眉を下げて笑った。

「本当に気にしなくていいって」
「でも私だけ何もしないっていう訳には…」
「ナマエちゃんからはもう十分貰ってる」

私からは…?え、私何かあげたっけ。
心当たりが無くて、ポカンとしたままパチパチと瞬きを二回。それを見たエースくんはまた眉を下げて笑うと、ふいにこちらへ身を乗り出してきた。ちゅ、と唇同士が触れてリップ音が響く。

「…こーゆー関係になっといて何も貰ってねェとは言わねェと思うけど?」
「…!」

至近距離で絡んだ視線、ゆるりと細めた甘い瞳。あ…ああ、そういう…!ボッとライターに火がつくように顔に熱が差した。

(でも…それは)

お互い様なんじゃないかな、と思うのだけど。寧ろそれなら私の方がエースくんからたくさん貰っている気がする。あまり納得がいかずに言い淀んでいれば「でもそうだなァ」とエースくんはソファに背中を預けるようにもたれかかった。

「あえて欲しいモン言うとしたら一つだけ」
「えっ、なに?」
「……昨日の続き、とか」

緊張を忍ばせた声。ソファにもたれたまま、彼の顔だけがこちらに向く。深い夜を閉じ込めたような漆黒の瞳が熱を滲ませてこちらを見つめていた。
昨日の続き。私の都合で中断せざるを得なかったあの、続き。言葉の意味は分かる。分かるけど。

「……そんなので、いいの?」

これからいくらでもあげるのに…?
そう、思ったままの台詞が零れ落ちた。だってあまりにも欲が無いように思えたから。私たちは恋人で、今だって少し信じられないけれど、でも本当に好き同士で付き合った。だから今回がイレギュラーだっただけで、本来なら羞恥こそあっても私に拒む理由は何も無い。そんな自信満々に差し出せるほど魅力的…とはお世辞にも言えないけど。それでも、彼が求めてくれるのなら。
私の返答にエースくんは時が止まったかのようにしばらく目を剥く。その後もたれていたソファから背中を離すと唸り声を上げながら盛大に頭を抱え込んでしまった。

「はァ〜…あー…まじで怖ェー、わざとか…?ンな訳ねェよな」
「な、なにが…?」
「こっちの話」

抱え込んだ頭をガシガシとかけば髪の毛が乱れる。大きく息を一つ吐いて少しの間を置くと頭が起き上がった。

「おれは、それがいい」

刻み込むようにしっとりとした声音でそう言った彼の眦はじんわりと赤く染まっていた。


*****


玄関先でエースくんが靴を履く。トントンとスニーカーのつま先で軽く地面を叩いてカバンを肩にかけ直すとこちらを振り返った。

「お邪魔しました」
「どういたしまして。外寒いから気をつけてね」

開いたドアの先から見える外では未だに雪が舞っていて、部屋に吹いてくる風もかなり冷たい。これからエースくんはバイトに向かってしまう。今後休みも無いみたいだし、大晦日に帰省することを考えると次に彼と会う時にはもう来年を迎えているだろう。しばらくは、彼と会えなくなる。

「それじゃ、」
「エースくん待って」

しばらく会えなくなる。だから。
振り返った彼のダウンジャケットの襟首、そこを掴んで力強く引っ張る。こちらに傾いてきた上半身に自分の踵をぐっと持ち上げれば、ふに、と柔らかく唇が触れ合った。

「……いってらっしゃい」

バイトに行きたくないと彼は何度もぐずっていたけれど、私も本音は行って欲しくない。でもそんなことは、言えないから。慣れないことをしたために襲ってきた照れに尋常じゃないくらい身体も顔も熱くなる。エースくんは一瞬何が起こったのか分からないというように呆けた表情をすれば、わなわなと震えながら口元を手で覆い隠した。その顔は私に負けないくらいに真っ赤になっていて。

「ナマエちゃん…やっぱおれ、今日もバイト休みた」
「それはだめです」
「だよなァ〜…」

いってきます、と分かりやすく落ち込んだ声色のエースくんの背中を笑って見送る。
その時だった。

もう…離しちゃだめだよ

「───!」

それは一瞬の出来事で。無意識下で動いた自分の身体。肌が勢いよく触れるパシンと乾いた音。気づいた時には、私の手はまるで引き止めるかのように彼の手をしっかりと掴んでいた。驚いた様子のエースくんが顔だけ振り返る。

「…ナマエ、ちゃん?」
「! ご、ごめん」

困惑気味に私を呼ぶ声。それにハッとなって慌ててその手を離した。

「どした?」
「え…あ……よいお年を」

動揺に埋め尽くされた頭でそれっぽい言葉を紡ぐ。なんとか笑顔も貼り付ければエースくんは少し逡巡した後、クスリと優しい笑みを零して私の頭を撫でた。

「ナマエちゃんも、よいお年を」

今度こそエースくんは玄関の外へ出る。手を振る彼に私も振り返して、ドアが閉まるまでその姿を見送った。そしてパタンと静かに音を立ててドアが閉まれば一気に訪れる静寂。

「……ッ」

一人になった途端、彼に振っていた右手をそのまま自分の胸に押し当てる。その手はひどく、震えていた。

(…なに、今の)

エースくんがここを出ていこうとした瞬間に頭の中で囁いた誰かの、声。その時胸の内を占めたのは飲み込まれそうな程大きい漠然とした不安と、行って欲しくないという強い思い。そんなにエースくんと離れるのが名残惜しかった?…いや、違う。さっきのは名残惜しいとか寂しいとかそういうものじゃない。もっと、もっと心の中に影を落とすような暗くて強大な、何か。
いつの間にか息まで止めていたらしい。襲う苦しさに長く深呼吸をしてからゆっくりと瞳を閉じた。心臓がバクバクと大きな音を立てていて、なんだか…すごく胸騒ぎがする。

(…エースくん)

瞳を閉じた暗闇の中で彼の笑顔を呼び起こす。
来年はきっと、いい一年になる。彼と一緒にいられるのなら今までよりずっと素敵な。そう自分に言い聞かせながら閉じた瞼をゆっくりと上げて、私は部屋の中に戻った。




───そう、来年はきっといい一年になると思っていた。

1月1日、元旦。
その日私は彼の夢を見た。
たまらなく幸せで悲しくて、懐かしい。
そんな、夢だった。

「あ、ああああ…!!!」

海の広大さ、風に乗って香る潮の匂い、船の乗り心地。知らないはずのそれら全てが生々しく蘇ってくる。まるで今ここで起こっているかのように。膨大な映像と感覚が津波のように一気に襲いかかればそのまま濁流の渦に飲み込まれて息ができなくなりそうだった。

そこはまるで大海原のように美しく壮大…かつ自由で残酷な世界。
かつて私は確かにそこで、生きていた。

そしてそんな世界で一等、眩しく輝き続けた太陽。いつだって温かく私を照らし続けてくれた人。
好きだった。大好きだった。心の底から愛していた。
そばかすが散りばめられた頬、重たい瞼、少し癖のある黒髪。白い歯を覗かせてくしゃりと笑う、あの優しい笑顔。

私はずっとずっと探していた。その顔を、その声を、その名前を。そして求め続けていた答えはこんなにも近くにあった。

そうだったんだ。知らないうちにまた君は、私の傍にいてくれたんだね。


「エース……!」


1月1日────彼の21歳≠フ誕生日。
私はこの日全ての記憶を、取り戻した。


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