ゆめだった。04【しますぐ】 ぐずぐず言っている。 なにがぐずぐず言っているんだろうかとゆっくりと目を開いた。目を開くと自分ちの客室の天井が見えた。左を向くと壁で、右を向くと坊がおった。上体を起こして闇に目を慣れさせる。金兄、坊、俺、その前には柔兄と子猫さんが布団を敷いて寝てた。 そうか、今日は俺の家に坊と子猫さんが泊まりにくるって言うてて…俺の部屋で寝ようとしたら柔兄と金兄が一緒にっつって結局客間で寝るように言われてこうやって寝てたんやっけ。 ぽたぽたと何かが落ちてきて腕を濡らした。一体なんやと手で触るとそれは自分の目から流れている涙やった。ぐずぐずいうてたんは自分か。そうか、これが現実でさっきまでが夢やったんか。道理で。 あーあ、酷く残酷な夢を見た。 とても長くて、悲しい夢やった。 坊は男やし子供うめるわけない。お嬢て言うてた気がする、笑えてくるな。涙を拭って息を吐く。なんであないなけったいな夢見たんやろう、勘弁してほしい。 夢の俺らはもう正十字学園を卒業して京都におった。坊は女の子で、俺の子を孕んでた。現実はまだ祓魔塾で勉強中や。結婚も妊娠もできん両方男で、自立もくそもあらへん、そんな現実。 夢の中の俺は酷い男やったなぁ。孕んだことくらい言えばええのに。言われへんかったとかどんだけヘタレやねん。頑張れや自分。すっごい自虐的な夢やった。そんで、めっちゃ核心をついた夢やった。坊が妊娠したっていうことだけでこれだけ自分の弱さを見せつけられるなんて。 座主血統である坊、僧正血統である志摩家の五男坊。これは俺と坊を隔てる壁やと思う。それは誰にも言うたことはないけど。五男坊で何も持っとらん自分がいつも怖かった。皆はいろんなものを持っとる。志摩家の跡継ぎとして頑張っとる柔兄。明陀宗を、柔兄を、座主血統を守るだけの力と情熱を持った金兄。次期座主としての責任を持つ坊、三輪家当主である子猫さん。蝮姉さんもそうや。俺の周りにはすごい人が多すぎる。坊と子猫さん、この2人と一緒に育ったのに俺ときたらなにも持つべきものがない。2人が器を持って着々と水を溜めれているのに、俺は器すらなくてなんも溜まってへん、そんな気持ち。空っぽで、何かが足りひんような自分がおる。やから俺は夢の中でも必死やった。何かを得ようとして。 そして思う。ああ、俺は「唯一」が欲しかったのかもしれへん。 「明陀の男」ちゃう。「志摩の五男坊」ちゃう。「勝呂家当主の付き人」ちゃう。正直みんな俺の欲しいもんちゃう。それらの肩書は俺やのうてもええやんけ。また年を重ねるとその考え方は変わるのかもしれんけど、今の俺にはそれはあってものうても同じようなもんや。「俺の子」が出来たらその子には俺がただ唯一のおとんになる。子供うませて結婚してしまえば、坊は俺が唯一の人で唯一の夫となる。そうやってその人だけの「唯一」でありたかった。 そして思う。ああ、俺は坊との関係を認めて貰いたかったんかもしれへん。 俺らは普通に学生生活を送って、まぁ祓魔塾に通って悪魔相手に戦うのはちょっと特殊やけど、それ以外はごくごく普通で幸せな生活を送っとる。どこにでもおる普通の恋人同士や。性別を除いて。決して世間で認められることのない性別という名の悪魔が俺らの心の中でいつも黒々と存在しとる。認められたい、堂々と幸せになりたい、そんな願いが常にどうしてもあってしまう。幸せなはずやのに、その幸せはつくりもので紛い物なんやと言われているようで。やから俺は坊を女にしてセックスして孕ませておろさせんように必死やった。そうすれば幸せが手に入ると勝手に思い込んで。 背筋に冷たい水を落とされたように寒気がした。ああ俺はなんてことを考えてんねや、金兄よりド阿呆や。 「……志摩?」 「っ」 「志、摩?起きたんか?」 「あ、ぁあ。ちょお目ぇ覚めてもたから。また寝なおします」 「ほんなら…」 はよ寝転がり、とぽんぽんと布団を叩く。言われたようにそこに寝ると少し坊が俺の傍に寄ってきた。 「…坊、手ぇ貸してください」 「ん」 寝ぼけているのか、いつもより子供っぽい。いつも何かをするとき理由を聞くのに今はするりとその手を貸してくれた。 「あったか」 「起きるから、冷たいんや…あほぉ」 んんんんと唸ってから俺の手を両手で握ってそのまま、また目を閉じた。 「……坊、おやすみなさい」 「ふはっ。なんや、声が甘えたやな。おやすみ」 笑ってそのまますぅとすぐに寝てしまったということはもしかしたら次起きたらこの手のことは覚えていないかもしれない。 こうやって、隣にいてくれるだけでええんです。 温かさが伝わればそれで。 隣で笑い合ってお互いの存在を確認しあえるだけで十分なんです。 そうや、これで十分なんや。 坊が女の子で 俺との間に子供が出来て それに喜んで それを必死に守るなんて それは全部夢や。 それは 俺の ゆめ やった。 <了> |