短編 | ナノ


ゆめだった。02【しますぐ】


「志摩さん、ちょっとええですか?」
「なんやろか」
「ちょっと」

珍しく子猫さんが険しい顔をして俺を呼んだ。そこには数人いたからか廊下に呼び出して人がいないことを確認していた。

「なんですの、いきなり改まって」
「……今日、お嬢が任務行く前に忘れ物をとりに行って欲しい言われて部屋に入ったんです」
「はぁ」

今日、坊は警備の日やった。戦闘になることは少ないけど長いこと立たないかんし歩かなあかん。俺は非番やし代わると言ったけどたくさん休暇を貰っているのにこれ以上はあかんと言って聞かんかった。まぁ坊の性格を考えたらしゃーない答えや。
坊の部屋に子猫さんが入るという事は少なくない。柔兄も金兄も皆坊に言われたらすたすた部屋に入って用事を済ませる。まぁ坊が気を許した人限定やけど。別段俺に報告するようなことやないし、昔からのことやから恋人の部屋に勝手に入られても俺も怒らへん。

「札、二枚忘れたから言うて少し机の中見させてもろたんです。そしたら薬が出てきたんや」

そうや、それでなんらおかしくない。精神安定剤を服用していて薬が出てきた、どこもおかしくない。

「ほんで?なにが言いたいん」
「薬はどうでもええ。そんなこと僕に分からしません。問題はそれをもろた場所です」

この病院、妊娠出産で有名な産婦人科の病院ですよね。
子猫さんの目を、眼を見て怯んだ。顔が作れなかった。しまった。薬の袋を捨てるの忘れてた。坊の薬は薬局でもらうのではなく院内で処方してもらっていたから袋に病院の名前が印字されている。いつもは跡形もなく破いて捨てるけれど、今回の薬の分は怠っていた。まさかそこからばれるなんて。

「……なん、」
「ちょっと気持ちが不安定なのも、最近吐き気酷くてあんま食べんのも……御子がおるからちゃいますの」

あえて俺に聞いているけれど、子猫さんはもう確信している。

「子ぉて……何言ってますの」
「志摩さん」
「お嬢は…お嬢、は」
「志摩さん」
「…………子猫さん、頼むから黙っとって」

確信している人に言い訳してもあかんかった。俺は頼み込むしかできん。裸足の爪の先を見て頼むわと念押しする。子猫さんはその手をぎゅうと強く握って手が真っ白になっとるのが分かるくらい。

「ええ加減にしてください!なんで、なんでそないな大事なことを黙ってたんや!!」
「もうすぐ言おうと思っとった」
「もうすぐて…なに考えてはんのや、和尚や女将さんもお嬢の体調のことすごい心配しはって…っ」
「子猫さんには関係あらへんやろ!」
「なにが関係ないて?」

聞きなれた声が聞こえて後ろを振り向くと角から柔兄と金兄がおった。顔からして話は聞いてないみたいやけど、これはまずい、ばれる。柔兄たちにばれたら全員にばれたんもおんなじや。

「…なんもないわ」
「お前柔兄に向かってその口のきき方なんやねん。しかも、なんもないようには見えんかったけど?」
「子猫、なにがあった」
「子猫さん!」

柔兄と金兄に急かされとるけど、目の前にいる俺を見て子猫さんは口を開閉するだけやった。やけど、結局2人になんでもないなんて言えるほど子猫さんは坊をどうも思ってない人やない。わかっとる、心配しているからこそ、言わなあかん。
たどたどしく、子猫さんはさっき俺に言ったことをもっと丁寧に、最後の結論を言わないように遠回りに遠回りに話した。何でもないような顔した柔兄たちがどんどん真剣な顔になっていく様を見てああもうあかんわ、と諦めに似た感情が頭の中でぐるぐるとしとった。

「……廉造ほんまか」
「お嬢が…おい廉造なんか言えや」

どないやねん、と俺の胸ぐらを掴む金兄の顔が必死すぎて笑えた。俺がほんまやと頷くとその手はだらんと脱力して外され、その代わりに顔を思い切り殴られた。

「し、志摩さん!」
「お前ええ加減にせぇやボケェ!なんしとんねん!ああ!?遊びじゃきかんことしとんねんぞ!?」

立てやゴラとまた俺の服を引っ張って立たせ、壁に縫いつけるように押されこまれる。

「遊び、ちゃうなんてわかっとるわ!」
「お前取り返しつかんことしてんぞ!?よくもまぁ黙っておれたな」
「もう少ししたらちゃんとみんなに言うつもりやった!」
「もうええお前歯ぁ食いしばれや…」
「金造、やめぇ」

俺を殴ろうとひかれた拳を柔兄は止めて金兄を俺から引き離した。押さえられていた力がなくなった俺はずるずると座り込みそうになったが、子猫さんのおかげでそれは免れた。柔兄も俺を殴りたいやろうに、眉間に手をやって力を抑えてそのまま言葉を並べた。

「ほんまにお前の子なんか」
「…俺の子で間違いないわ。お嬢が浮気するわけないし」
「お嬢もうみたい言うて、みんなに黙っとこうって意見やったんか」
「うみたいって言ってくれた。……秘密にするんは俺が持ち掛けて強要しとった」
「…お前はいつまで黙っておくつもりやったんや」

柔兄は金兄みたいにではなく、静かに淡々と俺に質問を投げつけた。短気でいつもなら真っ先に怒鳴るはずやのに。

「ほんまにあと数週間したら言うつもりやった」
「数週間したらなにがあるんや」
「………十二週間」
「あ?」
「妊娠して十二週間経ったらもうおろす事出来んやろ。そしたら言うって決めとった」

三か月。三か月経ってもたら中絶は難しくなる。俺が秘密にしてきたんはおろさせんためやった。俺の、俺と坊の子をどうしてもうませたくて。坊にそれを言おうとは思った。やけど言うたら「きっと皆おろせなんて言わんよ」って言われる。そんなん分からんやろ。坊は自分がどれだけ大切にされているか、自分の立場が分かってないんちゃうか。俺なんかとくっついたらあかんねん、ほんまは。それは俺もようわかっとるよ。

「…おろせ言われるんが怖かったんか」
「……俺知ってんねん。お嬢に見合いの話めっちゃ来とること。俺に隠れて数回会うだけの見合いしとるって。やけど全部断って俺の傍におってくれてるて」

女将さんのやってる旅館は結構ええとこの旅館や。いろんなお偉いさんも来はるし、手伝う坊に目ぇつけるのもわかる。しっかりしとるし行儀もええし勉強仕事熱心、どこへ出しても恥ずかしない。そんな坊やから女将さんにどうしても、と言われれば断れずに見合いに行ってしまう。
見合いに行くこと自体は俺も目ぇ瞑る。でも、ほんまはそれから発展してしまったらと思うと怖ぁてしゃーない。金持ちに言い寄られて、もし寺をどうにかしたるなんて言われたら坊は絶対に揺らいでしまう。皆が戻れるんやったら、って考えてしまうに決まってる。

「……おとんと和尚と女将さんに言うで」
「!あかん、もう少し待って」
「まだ餓鬼のお前に決められることちゃうやろが!時間がないならなおさらはよ言わなあかん」
「おろすんか、おろさせるんか!」
「そんなこと言うてへんやろ、誰もそんなこと言うてへん。やけど親に報告もせんわけにはいかんやろが!」

現実見んかい!と喝を入れられるけど、そんなん現実見ることなんてできるわけない。おろさせる方向になったらどないしてくれんねん、責任とってくれんのか。

「あかんやめて、ほんま頼むから…!せめてあと一週間待ったって!」

柔兄にしがみつく様に懇願するけど、返事は俺の期待してるもんが出てこんかった。柔兄たちがうめるように背中押すとか、そんな言葉ももちろんない。知っとるよ、柔兄と金兄も坊のこと好きやったんやろ、それを一番できの悪い五男坊の俺に盗られて悔しいんやろ、坊が俺を選んでるのがくやしかったんやろ。

「廉造っ廉造おるか!?」

ばたばたと柔兄たちがやってきた方向から今度は蝮姉さんが来た。蝮姉さんがこんなに焦って走っている姿なんてめったに見るものやない。その場におった4人全員がなんかあったって思った。

「どないしはったんですか?」
「…お、お嬢から連絡きたんや」
「連絡?」
「………今、病院におる」

その蝮姉さんの表情と、今坊がおる場所で、すべての事柄が分かってしまった。



続→

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