長編 | ナノ


色に染まったのは02【金勝】


―お前にはお守りせなあかん人がおるねん
守らなあかん人?
―そや、自分の命賭けてでも守らなあかん人や
そんなん嫌や
―あほか、それが志摩家の使命なんやで。柔造もお前も、ついさっき生まれた廉造もそうや。
やって、他人に命なんて張れんわ
―そやなぁ、お前にはまだ早かったかなぁ
それ誰なん?
―もう少し先になったらわかる。そやな、お生まれになってからもう一回話したるわ



それが意外と張れんねんで、ちっさい俺。


金造はゆっくりと目を開けた。煙草の煙で黄ばんだ天井と蛍光灯が見える。携帯の時計を見てあと少しだなともう一度目を閉じた。

「シャワー室、使えるようにしとるから。種火あとで消してや」
「あーあんがとー」
「珍しいな、こんな朝早く」
「野暮用や」
「朝からソファ汚すのだけは止めてや。鍵ここ置いとくからあとで返しにきぃ」
「んー」

にやにやしながらここの鍵の持ち主はここから近い自宅に帰って行った。今日は無理言ってここを開けて貰ったのだからあとでなにか礼をしないと、と金造は自分の所持金を確認した。目の前には髪の毛を染める用意が完璧にされいる。金造がここにきてすぐに用意したのだ。きっと待ち人は新幹線の時間もあるしすぐにここを出なければならないだろうから。
目を瞑るとなぜか小さい頃の記憶が蘇る。
初めて勝呂と対面したとき、明陀を立て直すと吠えて門徒を必死で止めようとしていたとき、いつもは柔造が宥める役だったのに初めて寺のことで苛められて独りですすり泣いていた勝呂をあやしたとき、誕生日、クリスマス、いろいろな時間を共有させて貰った。時間を共有することによって父親の八百造が言っていたことが身に染みて分かった幼少期。「この人は俺が守らなあかんねや」子供心でそう思った。そう思ったら兄の厳しい鍛錬も耐えることができた。守るためには必死にならなければならない。自分よりも年下の守るべき人はいつも精一杯頑張っているのだから。

「きん……ぞう?」
「坊!なんや電話鳴らしてくれたら迎えに行ったのに」
「大丈夫か思て入ってみた」

門開いてたしええんかなって思て、と笑う勝呂は小さめのボストンバッグを提げていた。大きい荷物はすでに送ったと言っていたから、それは一日分の荷物と制服だろう。あの学園は始業式の日に入寮であるため、一日前に来る遠方者はホテルで泊まることになるのだったと金造も数年前を思い返した。

「荷物こっちにおいてええんで。さっそくやりましょ。時間あんまないんですやろ?」
「おー頼むわ。メールでも言うてんけど、この真ん中のな……」

こうして、ああして、身振り手振りで自分の要望を聞いてほなこうして染めますえ、というと満足に勝呂は頷いた。ポケットに差していたピンをふんだんに使って髪の毛を止めてすぐに慣れた手つきで液を髪の毛に塗っていく。

「金造は器用やなぁ」
「バンドメンバーがやたらと面倒な要望するんで慣れてしもたんです。真ん中だけ綺麗に染めるのなんてお手のもんですわ」
「金造はほんま何でもできるなぁ」
「坊の俺のイメージって何でもできるんです?」
「そやで。勉強も運動もできてセンスはええし…ちょっとヤンキーで頭ええのに悪いのがアレやけど」
「ふはっアレってなんですの」

(そうか、俺はそんな風に坊の目に映っとったんや)

金造はド金髪にピアスで身長もあるためよく不良と間違われるのだが(半分はその見解で正解であるが)、学校の試験では常に上位をキープしていたし(頭は悪いが一夜漬けの丸暗記は得意である)家で柔造にしごかれていたため運動神経も良い。柔造ほど真面目ではないがなんでも器用にこなしてきた。

「金造はそうやな、なんでもできるってイメージが強いねん」
「なんでもはできまへんえ。はい、これでちょっと時間置いて流したらえー色に染まります」

一旦休憩やー、手袋をそうっと外してアラームをセットする。そして勝呂にジュースを渡してからソファに座った。勝呂はそれを受け取って金造の座ったソファに腰を下ろす。

「やったら金造のできん事ってなんなん」
「俺のできんことですか?そんなんいっぱいありますわ。ギター弾いたらいっつも怒られるほど間違えるし、飯食う時もゆっくり食べぇって怒られるし…」
「それはできん事やなくて直すところや」

けらけら笑う勝呂に金造は笑った。
そんな些細なことももちろんあるが、彼の心の奥底にはコンプレックスのようなものがあった。金造は家族が大好きだ。それを堂々と公言できるくらい好きだし、もちろん柔造も廉造も好きだ。けれど金造は二人に対して、というのだろうか。コンプレックスを持っていた。

柔造は志摩家の二男ではあるが跡継ぎとして着々とその地位にいくだけの人望、力量を備えていっている。面倒見がよくて、まじめで、礼儀も良く周りの期待に応えていく。その柔造の次にいた金造には柔造はプレッシャー以外の何物でもなかった。柔造と同じように言われるのが嫌だから髪を染めピアスを空けた。「志摩家の金造」として見られるのはまだ良かった。胸を張れた。「志摩家の柔造の弟」と見られるのに嫌気がさした。柔造のようになんてなることはできなかった。しかしそれも中学・高校の頃の話で、卒業したらそのようなことはほとんどなくなったため柔造に対するコンプレックスも薄れていっているのだが。
廉造にはコンプレックスというのだろうか、悔しさがあった。同じ年に生まれたから廉造は勝呂と同じ道をずっと歩んで行っている。小学校、中学校、そして高校。同じように学校に行き、帰り、すべてを共有できている。高校になれば帰る部屋も同じ場所になり、生活も共にできる。それが羨ましくて仕方がなかった。
自分が勝呂に手を出した時からじわじわとわかってきた。敬愛じゃない、これは恋愛であると。それを認めたからといってそれ以上ができなかった。手を出したのは勢いで勝呂もそれに付き合ってくれている。けれどそれ以上を望んでいるのは自分だけであって勝呂は望んでいないということをしっかりと理解していた。片方が望んでいてももう片方が望んでいなければ恋愛は成り立たない。

「坊」
「ん」
「廉造のこと、どう思います?」
「はぁ?なんやねん、いきなり」
「なんとなくどうなんやろかーって。坊の廉造のイメージはどんなんです?」

いきなり聞かれて勝呂は唸る。そしてしかめっ面の顔のままゆっくりと言葉を落とす。

「不真面目で、へらへらしとって……エロ本めっちゃ持っとって……あ、やけどやるときはやる男やで!高校も無理や思っとったけど合格できたし」

金造は勝呂のことを勝呂以上に知っていると自分で思った。ゆっくりと降り続いて積もる雪のように、勝呂の中で積もり積もっている想いがある。それを本人はきっとまだ知らない。

「廉造のこと、よろしく頼んますわ。あいつのことやからきっと坊に迷惑かけるやろし」
「ああ、そんかしこっちのこと頼んだえ」

ピピピッと電子音が響いて時間を告げる。ほな流しましょ、とシャワー室に案内された。そこからも金造は手伝って液を流し、シャンプーをしてさらには髪の毛を拭く作業も勝呂自身にはさせない。

「そんなん、ええて」
「やらせてください、最後なんやから。それよりどうです?」
「綺麗に染まっとる。やけど暗ぁないか」
「今は暗いですけど、時間経ったらめっちゃ明るなりますよって」
「ならええわ」

ぶおおん、とドライヤーもかけてもらい、オールバックにしてピンでとめる。鏡で見るといつもの自分ではないようだと何度も鏡で己の姿を確かめる。

「坊」

勝呂の前に座り、髪の毛を触る。真っ黒であった髪の毛の真ん中は自分と同じ金髪になっている。自然な形で自分と同じ色にするように促した。そして同じ色になった。ピアスも最初にあけたところは自分が初めてあけたところだ。それも自分の手であけさせてもらい、片方だけピアスをプレゼントした。もう片方は自分が持っている。彼と同じものを持ち、同じ色を所有した。

「どうした?」
「髪の毛の色とかピアスとか…外見にしても、中身にしてもこれから坊はいろいろ知って変わっていかはると思います。それでも、芯の部分は変わらんでください。しっかり芯の部分は守ってくださいね」
「金造……」
「約束ですえ」
「……ん、約束する」

こつんと頭がくっついた。そしてそのままゆっくりと唇が引き合うと勝呂は目を閉じた。ああ、俺が最初にキスをするときは目を瞑れって言ったことちゃんと守ってはるわ、と自然に心が温まった。触れるだけのキスをしてまた同じようにゆっくりと離す。

「坊もキス上手なりましたなぁ」
「……だっ誰のせいや思てんねん」
「俺ですか?」
「お前以外に誰もおらんやろ」
「へへ、キス検定合格です。誰とキスしても恥かきませんわ」

キス検定ってなんやねん、と顔を真っ赤にする坊にさらに不意打ちでキスを畳み掛けたかったが金造は寸でのところで思いとどまった。

「……俺とのキスはここで仕舞いや」
「金造?」
「気持ち良かったですやろ?寂しなったらいつでもちゅっちゅっしてあげますえ」
「あほか!」

ぱしんと頭を叩かれてしまったが金造は笑ってそれを受けた。

「あ、そろそろ時間や」
「ほんま。俺ここの鍵閉めせなあかんのですけど、駅まで一人で行けます?」
「ここまで行けてんから帰れるやろ、大丈夫や」
「ほな、俺とはここでお別れです。たまには連絡くださいね」
「おん。……………なぁ、金造」
「はい?」

勝呂は荷物持ってドアの方まで行っている。あとは行ってらっしゃいと声をかけるだけだ。なのに彼は俯いて言葉を濁している。

「坊?」
「………すまん」
「は…」

その一言は金造の心に響いた。
金造は勝呂のことを勝呂以上に理解しているつもりだったけれど、彼は他人の心の動きを読むのに長けていたというのを失念していた。それは幼少時代に苛められていたために他人の心というのだろうか、空気を読むことに長けてしまったのだけれども。
わからないはずなんてなかった。人が離れたり好意を持っているということに敏感な勝呂に金造の気持ちなんて隠せるわけがない。隠そうとしていても綻びは必ず生じ、そこに目を向かわせてしまう。勝呂は金造が自分に様々な好きという気持ちを持っていると知っていた。それが恋だという確信はないのだろう。だが、座主として以外の気持ちがあるというのは確かに知っていた。

「…………なんのことですやろ」
「なん、やろな」
「はは、おかしな坊や。はよ行かんと子猫と廉造に怒られますえ?」
「そやな」

行ってきます。
行ってらっしゃい。
パタン。
バタバタバタ … … …


足音が聞こえなくなった途端、立っていた金造はその場にしゃがみ込んだ。

(おいおいおい……まさかの展開過ぎるやろ…!なんでばれてんねん!!)

勝呂がこの地を離れるとき、自分の気持ちにけじめをつけると決めていた。この自分の気持ちを言うなんてことは考えなかった。その答えがどうであれきっと彼は困惑して関係がぎくしゃくしてしまうと分かっていたからだ。敬愛と恋愛もわからなかった最初だ、言わずにそのまま敬愛に戻した方が良いに決まっている。敬愛に戻るまでに時間はかかるかもしれない。それでも構わないと金造は思った。
なのに、誰にも言わず秘めていた想いをまさか一番知られてはならない人に知られていただなんて。金造は重い溜息を一つ吐いた。

(俺は、これからあん方を座主として、お守りするんや)

そう、敬意をもって守る。勝呂が立て直す明陀と勝呂を守る、その為には座主に色恋事情なんて挟んでいられない。知られているのは驚いたが、その決意は揺らぐことはない。
(っていうか、何に対して謝ったんやろか。クソ、そこは聞いとけば良かったかも)

好意を気付かないフリして誤魔化していたことか、その好意は受け取れないというものか……そこまで考えて未練たらしいと思って考えるのをやめた。

「……諦めるて決心してのお揃いピアスにお揃いの髪の毛の色っていう諦めの悪さやで」

俺の独占欲丸出しや、と金造は立ち上がった。
勝呂はそこまで気にしていないだろうが、これは完全な独占欲の表れだった。少しでも自分の色に染めたくてそうしたけれど。

(坊を染めれるわけあらへん。やって、もう俺は坊の色に染まってた)


陽が昇ってゆっくりと積雪を溶かすように、この心に積もった想いもゆっくり溶けて思い出になりますように。



ある出発の日。



<了>

Back
×