長編 | ナノ


ある晴の日02【しますぐ】


「あれ、勝呂君今日日直だっけ?」
「ちゃうちゃう、今日ははよ来てしもてん」
「それで勉強?相変わらず勤勉家だねー」

部活動で朝早くに来ていた女子たちと挨拶を交わしてから手元のテキストを見た。この一時間で三問しか解けていない。してる意味なんてないだろうと思いつつ勝呂はそのテキストは閉じない。まだ朝早いというのに、勝呂は何度ついたか分からない溜息をついた。
いつもアラームは一回目で起きれるというのに、今日はスヌーズ機能を使ってではないと起きることができなかった。それでもいつものようにランニングに行ったのだが、どうにも昨日の頭痛が尾を引きずっているらしくズキズキとこめかみが痛んだ。食欲もわかず、朝食も抜きに早めに学校に行くことにした。
頭痛に頭を悩ませているのはいつものことだが、それとは別に大きな問題も勝呂の頭を悩ませている。
昨晩、子猫丸のいない夜の出来事だ。まさかあんなことになってしまうなんて思ってもみない。さらに言えばこういうときどうすれば良いのかなんて思いもつかない。自分の恋愛経験の未熟さを少し呪ったが、恋愛経験の豊富な人でもこの状況にはさすがにどうすることもできないだろうとも思った。こうして自分の問題から逃避した考えをしていることに首を振り、これからどうしようとまた考える。これを朝から何度も何度も繰り返していた。

(あかん…容量過多すぎる)

自分の中で一番驚いているのは廉造はもとより自分の反応だった。勝呂はあの状態で廉造を蹴るやら殴るやらして逃げることはできたのだ。体格も体重も勝っているのだ、さすがにマウントポジションをとられてしまっていてはどうすることもできないが、自分の上から退いたら時点で勝呂は逃げれたのだ。なのに自分はそのまま身を委ね、廉造が悪いと最終的にはビンタをして責任をすべて押し付けて寝入った。

(あんなん俺も悪い。最後まで抵抗せなあかんかったんや)

金造や柔造はこのようなことにはならなかった。二人とも勝呂に好意を寄せていたが「好き」という言葉に意味を持たせなかったからだ。否、持たせないように聞かせていた。しかし廉造はその言葉の意味通りの意味を持たせた。

「とりあえず………頭痛い」

自分の気持ちがまるで今の天気のように雲に覆われている。偏頭痛も、廉造も、自分も重症だと勝呂はそのまま机に俯せた。



HRが始まる前に子猫丸がぎりぎり間に合いました、と帰ってきた旨を言いにクラスに来た。朝の4時にあっちを出ていっぱいいっぱいでしたわ、と眠たそうにしているのを見てお疲れさんやったな、と労いの言葉をかけた。勿論そこには廉造の姿はなく子猫もすぐに教室に戻った。
それから授業を受けていたのだが、どうにも頭痛が酷くて吐き気すら催してきた。これはさすがに座っているのも辛いとなって二限目の途中で保健室に行かせてもらった。

(こんなに痛ぁなるの久しぶりやな)

普段は我慢してたらいつの間にか痛くなくなっているか酷いときは薬を飲んだら治まるのに今回は薬も効かない。保健室の先生に事情を説明してベッドに寝かせて貰った。ベッドサイドに水も置いてくれていてありがたい。今は考えることをやめようと心を無にして寝ることに専念する。少し開けた窓から涼しい風が入ってくる、ツンとする保健室独特のにおいは慣れれば心を落ち着けられる。痛みを忘れ寝入るのに時間はかからなかった。




外が賑わってきた。いろんな音が聞こえて勝呂はうっすらと目を覚ました。時計を見ようと寝返りを打つと自分のベッドの横に椅子を持ってきて座っている人物が一人。

「坊!目ぇ覚めたんですね」
「し、志摩?なんでこんなとこおんねん」
「授業中に頭押さえてどっか行きはったから…しかも全然戻ってきやへんしここちゃうかなって。あ、先生は第二保健室に行ってますえ」

勝呂の教室から保健室に行くには志摩のクラスの前の廊下を通らなけれなばらなかった。いつもなら授業に集中せぇと一括するところだが、今はそんな元気すらなくそうかと返事をするだけだ。

「今何時や」
「昼休み始まったばっかりです。薬効かんのですか?」
「ああ、いつもは効くねんけど…」
「……俺のせいやろか。坊、めっちゃ考えてはるやろうから」

いっつもなんでも真剣に考えるからなぁ、と困ったように言う廉造に勝呂は何も言えず黙ったままだ。
こういう場合、どう返事を返したら良いのかわからない。自分がこれから廉造とどうすれば良いかも考えたが分からなかった。明確にこうしようという答えが出てこない、だから廉造と話をするのも躊躇われた。どうすべきが一番良いのか、自分はどうしたいのか……自分のことがこんなにも分からないのなんて初めてだった。

「……そら、考えるやろ」
「困らせたいわけちゃうんやけど……すんません」
「なぁ、俺はどうすれば良い。…分からんねん、どうしたらええか」

今まで廉造が勝呂に気持ちを伝えなかったのはこうなるのがわかっていたからだ。もちろん自分の恋心が成就するなんて思っていない。勝呂は考えて自分を振るか、どうしようもなくなって困り果てるかのどちらかになると思っていた。振るにしてもこれからも一緒にいなければならないのだから勝呂の中にある全ボキャブラリーを総動員して自分の心に傷がつかないようにするはずだと。

「坊はいつも通りでええんです。俺が我慢足りんかっただけやし」
「……」
「俺のことキモイです?」
「そんなこと思とらん!」
「その言葉だけで十分ですわ」
「……」
「安心してください。…ちゃんと……坊のこと諦めますから」

得意の笑顔はひきつった。だけどこれは本心だ。いつになるか分からないけれどきちんと自分の中でけじめをつけなければと思っていた。それが少し早まっただけだ、と廉造は思った。第一、伝える気などなかったのだ。伝えずそのまま蝋燭の炎のようにそっと消してしまいたいと思っていたのに、自分のせいでこんなことになろうとは。

「……そ、か」
「はい。……え、ちょ、坊!?」

廉造が顔をあげると、勝呂はぼろぼろと涙を流していた。大丈夫ですかどうしたんや、と言うと勝呂もなんやこれ!と涙を流していることに気づいて急いで拭った。

「止ま…らん」
「意味わからん、なんで泣くんや」
「なんか……諦めるって言われたら鼻ツンとした。…って思ったら泣いとった」

それって、と廉造は顔を赤くする。いやそんなわけないだろう、自分は男だし勝呂も男だ。これが女の子であれば自分の思っていることで正しいかもしれないが、相手が男ならそうそう一筋縄でいくわけがない。けれど確認のために聞く。微かな希望も込めて。

「そそそそれって、俺が諦めたら、悲しいんちゃい、ます、の?」
「………んなあほな」
「いやいやいやしっかり考えてくださいよ!今考えるところですえ!?ココ俺の一大事なんやから!!」

ゆっくりでええんで考えてください!ゆっくり!!焦ったらあきまへんえ!?と志摩の真剣で必死な顔を見て少し引いてしまった。廉造には申し訳ないが考えてくださいと言われてすぐに答えが出るものではない。それでも必死な廉造に返事をしなければと、勝呂は落ち着いて、今自分が思ったことをそのまま吐露する。

「お前が、おらんくなるわけちゃうのに諦める言われたら悲しなったのは確かや。す、好きとかそんなん俺には分からん、けど。俺のこと、そのまんま好きでおって欲しい…とは思った」
「……」
「こ、これやったら返事にならん、やろか」

廉造は居た堪れなくなって勝呂に思い切り抱きついた。

「いいえ、いいえ、十分答えになってます。俺、やっぱり坊んこと好きです大好きです」
「……ん」

ぐずぐずとぐずり出した廉造の頭をポンポンと子供をあやす様にして叩く。

「坊」
「んー?」
「俺、今めっちゃ坊とキスしたい」
「んー……はぁ!?」

がばっと起き上がった廉造の目はキラキラと輝き、手はがっしりと勝呂の肩を押さえている。もうすでに片膝はベッドに乗り込んできていて、顔も近い。

「したい、めっちゃちゅーしたい」
「おまっ俺好きとか言うてへんやろ!」
「同じことですやん!そんなこと言うたら嫌いになりますえ!」
「な、な、なんでそんなこと言うんやボケ!」
「ほんなら黙ってちゅーさせてください!」

ほぼ無理やり廉造は勝呂の唇を奪った。薄らと目を開けるとぎゅっと目を瞑っている勝呂がいる。睫毛が触れ合うところにいる。唇は触れ合っている。廉造は幸せすぎてどうにかなるかと思った。

「っ……は……んのアホ!」
「ぐえ!」
「なにさらすねん!」
「ちゅうかそんなに怒って頭痛ぁならんのですか」
「はぁ!?………そういえば頭痛ないな」
「ほら!愛の力やないですかこれ!」
「アホ言いな!」

退けもう教室帰る!とカーテンを開けて保健室を出る。雲に覆われていた空はいつの間にか快晴、暑いくらいの陽射しが差し込んでいた。


待ってくださいと本気で焦る廉造が自分を見失わないように、自分に追いつけるような速足で勝呂は自分の教室に戻るのであった。


さんさんさん、よく晴れた日のお話。



<了>

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