全力疾走の水曜日(1/2)
部活が終わって片づけもすると、外はもう真っ暗だったりする。幸村の配慮で、わたしは必ずレギュラーの誰かに近くまで送って貰っている。
彼らも疲れているだろうに申し訳ないんだけど、この点だけは幸村が譲らなかった。
という訳で今日はジャッカルと帰っている。本当は柳と真田と幸村もいたんだけど、方向が違うからさっき別れたところ。
「ごめんねぇジャッカル。君も疲れてるだろうに…」
「いや全然いいぜ。ていうか今の言い方ばば臭いからやめとけって。」
「あ?なんか言った?」
「…いや何でもねえ……」
おかしいな。ジャッカルとはいい友達になれそうだったのに。
テニス部にはやはり嫌な奴しか存在しないのかもしれない。
「すっかり暗くなってきたね…」
「だな。悪いな、毎日毎日こんな遅い時間まで付き合わさしてよ。マネージャーも大変だよな。」
「それがそーでもないんだなー」
え。と半歩先を歩いていたジャッカルが立ち止まる。きっとわたしの怒涛のようなグチを予想していたのだろう。
そんな優しいジャッカルの隣に並んで、歩みを促す。
「ていうか今までテニス部ってただの派手好き集団だと思ってたけど、王者ってワラワラwwとか思ってたけど、」
「そんなこと思ってたのかよ…」
「うんごめん。超ごめん。」
「いや、いいけどよ…まああながち間違いじゃねえし。」
「けどそれだけじゃないよね。みんながそう、こんな遅い時間まで熱心に練習してるから王者なんだよね。みんな凄い努力家なんだよね。」
「まあ、な…」
「そんな頑張っている人を支える仕事って最高だよ。ほんと、そう思う…、よ?」
てやだ。なんか青春っぽくてめっちゃクサイ。自分で言ってて背中痒くなって思わず語尾が弱くなってしまったけど。
……まあ本心ではある。
あと最近汗くささに耐性できてきたのはこの仕事のおかげかも。いやー最初はあの匂いには辟易した。まあ幸村がいつでもフローラルな香りを漂わせて汗臭くないのもそれはそれで腹が立つんだけど。
汗の匂いに辟易して仕事とかはかどらなかったし。今はもう耐性できてきるから、汗の臭いにも負けない…って、
「…あれ?」
「どうかしたか?」
「…最悪だあー…」
「なにがだ?」
「ごめんジャッカル!送ってくれてる途中に悪いけど、先帰ってて!忘れ物した!」
というと優しいジャッカルは当然ついて来ようとしてくれたけど、丁重にお断りした。そんな申し訳なさすぎる。
わたし的にはこの暗さよりもお腹が保つかの方が心配ないんだけど、それは言うまい。
「やあもうまじで大丈夫だから。心配しないで。」
「分かったけどよ、なにを忘れたんだよ?」
「体操服。」
「えーならそれ明日でも良くねぇか?」
「臭くなるしやだ。」
女の子はそうはいかないんだな。
渋い顔をするジャッカルに別れを告げて、わたしは今来た道を急いで引き返した。
*
当然だけど下校時間を大幅に遅れているこの時間にすれ違うのは先生方だけだった。
不振そうな顔をする先生に笑顔で会釈してごまかしつつ、向かった先は部室。
「…あっ、あった!」
目的のものを手にしてさっさと立ち去ろうとした時、隣接しているテニスコートからボールの音が聞こえた気がした。
思わず身構えて、そして部屋にあった予備のラケットを手にする。…もし、もし本当にコートにいるのが侵入者とかだったらラケットで太刀打ちできる筈がないけども。それでもないよりはまし。
わたしは出来るだけ音を立てないように扉をしめ、そろりそろりとコートに立つ、黒い影に忍び寄った。
「(不審者じゃありませんように…誰もいませんようにっ…!!あ、でも心霊現象みたいで嫌だな…)」
もう外はすっかり暗くなっていて、テニスコートには常夜灯がついていた。夕方のテニスコートに影が伸びる。
幸村が嫌がるから、なるべくコートに土を残さないように気をつけながら、わたしはそうっと静かに影に忍び寄った。
と同時にライトに照らされて、見えてくる人影の顔。
赤い髪に、若干小柄だけどたくましい体。それはまさしく、
「(…ブン、太?)」
影の持ち主はブン太だった。
一心不乱に壁打ちを繰り返して、こっちに気づく様子はない。投げ出されたジャージと季節にそぐわぬ大量の汗を見ていたら彼がどれだけ練習しているのかが分かった。
声をかけるには気がのらず、ほんと馬鹿みたいなんだけど、こんなのわたしのキャラじゃないって分かってるんだけど。
もっと見ていたいと思った。凄いと思った。格好いいと思った。
わたしはカバンから財布を取り出して、近くの自販機まで走った。
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