彼は知らない。

自分がなくしてしまったものを。




「我愛羅」

「……」


彼の名前を呼んだのに、彼は前を見据えたまま、返事をしない。

聞こえているのか聞こえていないのか、聞こえているのにあえて返事をしようとしないのか。

それは分からない。単に億劫なのだろうか。

それだったら、ちょっと傷つく。ほんの少し、ほんの少しだけ、かなしい。


「…何故、」

「?」


かすれてもいない冷たい声に顔を上げる。変化のないその彼の口元が動いた。


「何故、俺の隣にいる」

「……」


紡がれた彼の言葉。

あれ?

ちょっと考える。

わたしが彼の隣にいること。彼はわたしの友人ではない、ましてや恋人でもない。今、わたしがここにいる理由。

何故?何故だろう。何故だろう。分からない。

彼は、去っていった。わたしの追いつけない速さで。止まったまま動かない私を残して。




彼は、昔、なくしてしまったのだという。何かが欠けているのだと。

それが哀しいことなのだと、何となく思った。

始まりは、それだけだった。




何ヶ月かたって、彼は変わった。選抜試験から、帰ってきてから。

それと、彼だけじゃなく、周りも、少しずつゆっくりゆっくり、変わっていった。

変わらないのはわたしだけ。わたしを置いて。平等に配られる時間までわたしを置いていく。

そして、わたしは彼の隣にいなくなった。

彼は、わたしが隣にいないまま、ついに風影になった。皆から愛され、慕われ、認められる風影に。

皆が皆、祝福してるわけじゃあないのだろうけど、わたしは言いたい。

小さなささやき声でも、かすれた声でもいい。


我愛羅、おめでとう。

って、そう言いたい。

でも、ごめん。あなたの前で言えないや。だって、あなたの名を呼ぶ理由が見つからない。だから、ごめん。

あの日からずっとずっと、理由が見つからないままだ。

あなたが何故、と問うたあの日、何が何でも小さくても見えなくてもいいから、ひとつ理由を見つけていれば。

なんて、浅はかで馬鹿なことを考えるの。


「、」


気配に振り返る。我愛羅がそこにいた。

見ない間に、わたしより背が高くなっていた。目を伏せて彼の口元が動く。

ああ、あの日みたいだ。


「…すまない」


彼が、我愛羅が謝っている。わたしに。

何故?戸惑う。何故、我愛羅が謝るの?

余程戸惑った顔をしているのだろう。もう一度、すまないとゆっくり言って続けた。


「迎えにきた」

「む、かえ?」


迎え?誰が誰を?

混乱する。頭が真っ白。手を差し出され、お前を迎えに来たんだと頷いた我愛羅に言葉をなくす。口元が震えた。


「…な、んで」


何故、とそう問うわたしは、あの日の我愛羅が感じたものときっと似ているのかもしれない。

漠然とそう思う。

我愛羅は目を瞬かせ、口を開く。わたしの見たことのない優しい顔をしていた。


「居てほしいからだ」


うっすらと彼の頬は赤い。でも、視線は外さない。

彼の理由は、単純すぎるくらい単純で、思わず、顔がくしゃくしゃになってしまって、目の前の彼が滲んでぼやけた。

ぽつぽつと頬を濡らす自分勝手なわたしの雨は、こんな綺麗な感情を知らなかったのだ。

同じように、彼の目も雨が降っていた。




例えば宇宙に比べて僕は
あまりにもちっぽけな存在で、




○企画 誰かのさまに提出
初めてにどきどき。

20110403

prev | next
mokuji



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -