鍋をつつきながら、口を開いた。わたしの目の前にはほかほかの鍋。私が買ってきた具(主にスーパーの野菜)と大矢くんが買ってきてくれた具(主にメイン。肉とか魚とか)が盛りだくさん。ポン酢につけて口に運ぶ。
うん、おいしい。
「意外に負けん気強いですよね」
私が買ってきたのはスーパーのごくごく普通の野菜なのに、彼が買ってきたのはどれも美味しそうな、というか私のより高そうなものなんだもの。なんか、気にしてしまう。
「…そんなことねえよ」
ちょっと考えた後、目の前の大矢くんは首を振った。俺は社会人だしなと取って付けたような理由を口にしながら、額と綺麗な髪色の前髪との境界線に手をやって、嫌そうな顔をする。何故か、彼は過去にトラウマがあるみたいで、時々酷く落ち込むときがある。大会?とかが関係しているらしい。詳しく聞くと顔が怖くなるし、別に彼のトラウマを呼び起こして落ち込ませたくもないので聞かないことにしている。
彼のお父さんが実は苦手だったりするけれど。すごい駿足の持ち主で、私の部屋の前に残像が残っていてドアを開けたとき飛び上がったことがある。
大きなとれそうもないイカがお風呂場とかにあったら誰だってトラウマにもなるものなのに、慣れた手つきで事の処理に当たった大矢くんに乾杯。大矢くんによると、大王イカっていうらしい。
…どうでもいいよね。
「仕事、忙しい?」
「まあ…普通」
そっかと相槌を打ったあと、ぴんぽんとインターホンが鳴った。私がいってこようかと立ち上がりかけたら、もぐもぐと口を動かしていた彼の動きが止まって、目があった。
「…いや、俺行ってくるわ」
箸をおいて立ち上がると、何だか目が険しい彼の背中を見送って、玄関の方に身を乗り出した。
「…」
慎重に大矢くんがドアを開けた。
「よっ!」
「…何してんだ」
「何って、タロさー、遊び…に…!?」
大きな彼の背の影に隠れてしまうほどの小さな影の人物と思わず目があった。私と比べたらそれほどじゃあないかもしれないけれど。2人で瞬きを繰り返して固まる。横で大矢くんがため息をついていた。
甘くなりそうもない
(たっ、タロさの彼女さ!?)
(…たっ、タロさ?)
(あーハイハイ。…帰れ)
(ぶー。タロさが冷たいさ)
(えっと…?)
(俺、鉄謙さ!よろしく!)
(あはは、よろしくね。…鍋食べる?)
(いいのか!)
(…はあ)
(タロさ、ため息つくと幸せ逃げるさ)
消防士の彼と鉄くんがすきです
20111203
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mokuji