沈んでしまえばいいのに。
そう思った。
それくらい嫌なことが最近ありすぎた。なんでこうなの。私は、自分が可哀想なだけで悲劇のヒロインぶってるんじゃないのなんて思ってるのかもしれない。そう思って、自己嫌悪。涙が出そうになって顔を伏せる。ぼやぼやした視界に負けそうになって、瞬きを無理矢理止めた。ここで我慢せずに泣いてしまえば、本格的に止まらなくなってしまう。
机の上で顔を隠すように静かに倒れ込む。何故だか体が重かった。体も心の調子にあわせて、重くなっているみたいに怠い。他の人から見れば、昨日徹夜で寝不足でうとうとしてるように見えるんだろうな。
このまま、重力に負けて沈んでしまえばいいのにね。
もう一度そう考えた自分のあまりにマイナスな言葉にちょっと笑えてくる。馬鹿みたい、私。馬鹿みたいだね、本当に。
こつんと何かの音がした。何だろう。顔を上げようとして、動きが止まる。きっと私には関係のないことだと考え直して、また自分の腕の中で顔を隠す。ちょっとだけ身動きをして、ごまかした。
「…オイ、寝とんのか?」
「…え、勝呂くん?」
聞き覚えのある声と自分の腕の隙間から見えた制服の生地の色に私に用があったのだと顔を上げる。何や、起きとるやないかと言われて、少しだけ申し訳なくなった。ごめんねと思わず謝れば、別に怒っとらんわといつもの仏頂面で返される。頭の片隅でそんな彼を前にしながら、そういえば何の用なのかなとちょっとぼうと考えた。そして、彼は片手を頭にやって別の手を私に向かって差し出した。
「…ほれ」
「?」
彼のその手の中には缶のココアがあって、首を傾げる。こう言って悪いけれど、彼にココアはミスマッチでちょっと笑いそうになってしまう。思わず、笑いを押さえ込む。どっちかっていうと、ブラックコーヒーとかミネラルウォーターとか、そんなイメージだったし。甘いもの好きだったのかな。眉間にしわを寄せた彼に気づく。
笑いそうなのバレた?
「…何を笑ってんねん」
…やっぱり顔にでてたんだ、私。
「わ、笑ってないよ」
「笑っとったやろ、どう考えても」
押し問答を繰り返し、やがて勝呂くんが埒あかんとため息をついた。その彼の目線には、彼自身の手の中にあるココアに向けられている。
「…ま、それはええ。てか、早う受け取れや。…温うなるやろ」
ずいとココアを押し付けられる。そのココアの缶と彼の顔を見比べた。くれるらしい。
「…え、くれるの?」
「何や、いらんのか」
「いや、そういうわけじゃなくて」
「…じゃ、文句ないやろ。貰えるもんは貰っとけや」
ぐいと余計に強く押し付けられて、慌ててココアの缶を支えた。ココアの茶色いいつものパッケージを見つめながら、まだ温かいそれがいつもと違うように見えるのは気のせいだろうか。
「…ココアも苦手やったんか?」
「?」
いつまでも飲まない私に、彼はちょっと眉間の皺を深くした。ココア "も" の "も" に私は納得する。実は、私には苦手なものがあるのだ。それはコーヒー。ミルクと砂糖なしでは無理。つまり、ココアは平気だし、好き。彼はそれを知っていて、わざわざ選んで買ってきてくれたと期待してもいいんだろうか。かぽんと缶を開けて一口飲んだ後に有難うを返すと、仏頂面だった彼の顔が少し安心したように緩んだ。
「…これで元気出しぃ」
「…」
その言葉に顔を上げて、まじまじと彼を見つめると、ちょっと目線を逸らして頭に手をやっていた。彼が落ち込んでいたことに気づいてくれていて、それだけでまた涙がでそうな私は本当に情けない。けど、さっきのほの暗い気持ちはいつの間にか消えている。
沈んでしまえ
息苦しい世界でも君となら
(!!…なっ、何泣いとんのや…!)
(う、うん、ありがと、うございます)
(そんな顔で言われとっても嬉しくないわ)
(うん、…ごめん)
(…笑っとる方がええ)
(あはは、有難う)
(笑うなや…!)
20111114
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mokuji