「…なんか強うなったね、子猫丸くん」
そう思ったことを正直に口にしてみれば、慌てたように目をしきりに瞬かせる子猫丸くんにちょっと笑う。二人で縁側に座りながら、坊の女将さんに出してもらったお茶をとりあえず啜った。うん、美味しい。そのうちに落ち着いてきたらしい子猫丸くんがちょっと苦笑しながら口を開いた。
「…そですか?…あまり変わってへんような気が」
「そういうところは変わってへんね。謙遜しすぎやないの?」
そんなことないですよとまた思い切り首を振られてしまう。子猫丸くんの布に吊られた痛々しい腕で、正十字騎士團は甘くない事を知る。明陀の人達の様子で知ってはいたことだけど、やっぱり近い人がこういう状態だとやっぱりショックだ。
「僕は、」
「うん」
慎重に返事を返した。子猫丸くんの声音で、今から話すことが真剣だって分かった。子猫丸くんは、前を見たまま。私にうつるのは、彼の横顔だけ。
「…志摩さんや坊とは違うんやって」
「…うん」
「僕…僕は、右往左往してはっただけで何もできんで、結局、怖いまま逃げていただけやったんです。…自分のことや、坊のこと、しか考えてへんで」
彼は後悔しているのだ。どうしようもない後悔。その内容は分からないけれど。いつもの人を落ち着かせてくれる雰囲気はそこにない。肩が少しだけ震えていることに気づく。
「でも、いつかは、明陀のために働きたい。だから、僕は、強うなりたくて」
なのに、…なのに。
僕は、弱いままなんです。強うなんかありません。
きっぱりそう言う子猫丸くんは、やっぱりいつもの彼ではなかった。そうやって彼は両親の墓前でもその言葉を噛みしめていたのだろうか。
「子猫丸くん」
「…はい」
「強うなったって言ったでしょ?」
「?」
「私には、子猫丸くんが強う見えるときがあるんよ」
昔からずっと。私は彼に救われたことがある。本当にくだらないことだったりしたけれど。笑ってみせる。それを否定しようとしたのか、戸惑ったのか子猫丸くんの口を開きかけたのを遮った。
「子猫丸くんは、きっと大丈夫や。私はそう思ってる」
「…でも」
子猫丸くんが口ごもる。もしかしたら、さっきの言葉も重圧になってしまったかな。少しだけ不安が過ぎるけれど、本当にそう思ってるんだ。きっと大丈夫って。
「子猫丸くんが坊や廉造くんや和尚、明陀の人達を信じてはるみたいに、私も信じる。信じてる」
今、強うないて思っているなら、思ってしまうなら、これからやと子猫丸くんに頷いた。
「僕、…強うなれますかね」
「強うなれます。…というか、子猫丸くんは十分強うなったて、私言うたんだけどなぁ…」
「すいません…!そういうつもりじゃ…!」
思い切り慌てる子猫丸くんにあ、意地悪を言ってしまったとちょっと後悔する。ごめんごめん、冗談だよとこっちも慌てて首を振る。少しして、二人で手を止めた。
「僕、頑張らなあかんですよね。強うならんと坊を守れへん」
「……」
「…どうなるか分からんで、不安もありますけど」
すっかり冷めてしまったお茶をまた一口飲んで、子猫丸くんが腰を上げた。じゃあ、僕はこれで…とちょっとぎこちなく笑う。
「…あのさ、」
子猫丸くんに目を向けずに口を開いた。ちょっと図々しいけれど、私の願いを聞いてもらうために。
「少しは自分のために強くなってね」
自分が悲しまないように。
…後悔しないように。
はいという子猫丸くんの小さな声に私に何の力もないから小さくエールを送ることしかできないけれど。ごめんねと申し訳なくなった。
「…有難うございます」
その声に振り向くと、何かを決したような子猫丸くんがいた。それに驚いて、ああそうかと一瞬のうちに納得する。ほらね、彼は、こうも強いじゃないか。
うん、わかってる
もう大丈夫だね、そう言って笑った
20111002
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mokuji