ちりんちりんと涼しげな風鈴の音が響く。柔らかな風が吹いてちょっと落ち着いた。でも、夏だ。今、夏なんだ。夏は嫌いじゃないけれど、やっぱり暑い。ぱたぱたと扇で緩く扇いだが、じりじりの日差しから逃れるようにただ木陰に逃げ込んだ。額の汗を手ぬぐいで拭う。神社の社の近くのこの大きな木には小さな頃からお世話になっている。
「ん?娘さん、何してるんだい?」
びくりと反応して大きな木の下から顔を出した。にこと人のいい笑顔を浮かべた青年がいた。肩に小猿が乗っている。
「暑いから、涼んでました」
「そっか。俺も混ぜてもらうな!」
「…どうぞ」
暑いなぁなんて笑うその人に曖昧に返す。どこかで見た顔だなあなんて思ったのは一瞬。はっとする。
目に浮かんだのは、3人組の顔。仲良さげに肩を組む2人組の後ろを、楽しそうに歩くもう1人。この3人組が集まらなくなって、どこか遠くになったのはいつだった?
(ねね、)
この目の前の人が雨に濡れて、悲しそうに悔しそうに罪悪感にいっぱいの顔で名を呟いていたのを、社の後ろで見ていた私は漠然と何か途方もないことが起こったんだななんて認識するだけだったけど。
それから、次の年も、また次の年も、あなた1人だけだった。たまに女の子を連れていたりはしていたのに。ただ哀しいと思ったの。私は、あなたを、あなた達三人をこの木陰で涼みながら、毎年毎年見ていたから。
いつの間にか、3人じゃなくて、小さな小猿を連れた1人になっていた。
「また、夏が来ましたね」
また、1人なんですか。もう取り返しはつかないのですか。戻ってはきませんか。
「…ああ」
それにしても、今年は暑いねえなんていうその人へ、飲み物を渡した。ありがとななんて言うその人に小さないいえを返す。
「…恋して笑って喧嘩して、それでみんな楽しく暮らせるそんな世が、一番だろ?」
その人が優しく、な?と繰り返される。強い優しい決意に満ちたそんな目。口元が笑っていなかった。時が止まる。
「…そうですね」
どうせならみんなが笑っていてほしい。泣いていても、笑っていていいんだよって、そんな世であってほしい。
「俺、知ってたよ」
顔を上げる。ちょっと、困ったようにその人は笑っていた。
「…娘さんが、秀吉や半兵衛と連んで馬鹿やってた頃も、ここにいたこと」
俺、知ってたよ。
「…そう、ですか」
「ごめんな」
申し訳なさそうに顔がゆがんだ。何を謝っているのだろうか。
「なんで、謝るんですか」
「……」
「悪いこと、してないでしょう。謝る必要なんてないでしょう」
必死に言葉を探す。小猿がききと困ったように袖を引っ張った。本当に仕方がなかったのか。そう聞かれれば、分からない。分からないけれど、
「恋して笑って喧嘩して、それでみんな楽しく暮らせるそんな世が、一番…なんでしょう?」
目を瞬いた。なんで、私、必死なんだろう。いつか、いつか、そんな世が来るのなら。来てくれるのなら。
「あなたも本当に笑えるようにならなきゃ、」
目に浮かぶのは、懐かしい3人組。本当に楽しそうで、羨ましかった。
(秀吉!)
(…どうした、慶次)
(秀吉も慶次くんも、ほら、行くよ)
あのときの、あなたは、笑っていたよ。私は知ってたよ。それが、ただのひとりの見解でも。
「あなたが、…慶次が、恋して笑って喧嘩して、楽しく暮らせなきゃ、駄目じゃないですか」
「…ありがとな」
そう言う慶次はどこか吹っ切れたようで、がしがしと撫でられた私の頭はどうしようもないことになっていた。
木陰の下
忘れていた憧憬
20110816
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mokuji