ひんやりとした風が私の頬を撫でて、思わずぶるっと身を震わせた。ついこの間まで半袖のカットソーで過ごしていても暑いくらいだったのに、いつの間にか秋めいて随分と肌寒い季節になっていた。久々にクローゼットから出して身に纏ったコートの袖をぎゅっと掴む。今だってこんなに冷えるのに、本格的に冬がやってきたらもう凍え死んでしまいそうだ。
 私の隣、より、少しだけ前を歩く宗くんもグレーのコートを着ていた。堂々と踵を鳴らして歩く姿はまるでパリコレのモデルのようで、寒いとか暑いとか、そんな気温の概念を感じさせない。
 ……手、繋ぎたいな。なんて考えてしまうのはこの木枯らしのせいだろうか。冷え切った指先が温もりを探している。もし今、私の右手が宗くんの左手に触れたら、宗くんはどうするんだろう。握り返してくれるだろうか。恋人同士とはいえ、普通の恋人らしいスキンシップを彼が好むとは思えない。べたべたとひっつかれるのなんて嫌がるだろうし、手を振り払われてしまうかもしれない。こうやって粗末な頭に描いた妄想が、手を伸ばす勇気を奪い取っていく。私はただただ恨めしく、その綺麗な細長い指を見つめていた。

「さっきからどこを見ているのかね」

 上から降ってきた声に顔を上げた。訝しげな表情をした宗くんと目が合う。

「下を向いて歩くのは美しくないよ」
「宗くんの手、温かそうだなって思って見てたの」

 手を繋ぎたいと素直に言えずに、遠回しに口にする。口にした途端、恥ずかしくなる。遠回しに言ったつもりが存外わざとらしいことに気づいてしまった。

「そんなことないと思うけれど、触ってみるかい?」
「……いいの?」

 歩道の脇に立ち止まると、宗くんは手を差し出してきた。恐る恐る、手を伸ばす。指先と指先が触れる。あ、本当だ。思ってたより温かくはない。私も同じくらいかちょっとだけ高いような体温だ。もっと触れていたいけど、もう手を離さなきゃ。物惜しく感じながらも手を離そうとしたら、宗くんの手が私の手を握り、指を絡ませてきた。そうして、再び私たちは手を繋いで歩き出す。驚きを隠せないまま、宗くんの顔を見上げる。表情は何一つ変わらないけれど、少しだけ耳先が紅くなっていた。

「もっと要求したまえ。僕はどうやら鈍感らしいから、言ってもらえないと気づけないよ」

 顔は前に向けたまま、確かに私に向けられた言葉が耳に届く。「はい」とだけ、なぜか敬語になって返事をした。振り払われてしまうかもしれない、なんて考えていた自分を叱りたくなる。宗くんはもっとあたたかい人だと。

「要求を口にするべきなのは僕のほうだね……君とこうして歩きたかった」

 手を繋いで歩いているだけで私はありあまるほどの幸せを感じているけれど、宗くんの口から放たれる言葉はどれも私の心を揺さぶって、紅茶に放り込んだ角砂糖のように溶け込んでいく。言葉に代わりに私は彼の手をさらに強く握った。さっきよりも少しだけ温かくなったその手。この温もりさえあれば、凍えるような冬も怖くない。


20211023
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