宝石箱のようだった。周りを見渡せば、どの卓でも女の子が幸せそうに笑っている。隣にはそれぞれの王子様を侍らせて。そう、ここは誰もがお姫様になれる大人の城。出したお金の分だけ素敵な魔法にかかる場所。私はといえば、退屈に隣の席を空けながら、王子様が来るのを待ちわびていた。頭上には、絢爛豪華なシャンデリアが輝いている。それは真っ昼間の太陽よりも随分と眩しい。 「亜夜、待たせてすまん!今日も来てくれて嬉しいぞ!」 私の王子様−−千秋はキラッという効果音がつきそうな百点満点の笑顔を浮かべて私の隣に座った。さっきまで他の女の子についていたのだろう。ちょっとだけいつもと違う香水の匂いがして、私は自分勝手に苛立ちを覚えた。 「千秋、おそい」 「悪い……今日はこの後もう亜夜とずっと一緒にいるから許してほしい」 千秋は眉を下げて気まずそうに笑った。私は千秋を困らせるのが好きだ。困った顔で私に許しを乞う千秋が好きだ。その後の行動は必ず決まっていて、千秋は私の肩を寄せてもう片方の手で私の頭を優しく撫でる。心地好くって愛おしくって、まるで恋人同士のようなスキンシップなのに、私たちは絶対的に恋人同士ではない。この先も一生、そういった関係になることはない。この線引きを誤れば、きっと私は破滅するだろう。 千秋はお酒を作って私の前に置いた。氷が揺れてグラスに当たり音を立てる。「乾杯!」と大きな声を出す千秋につられてグラスを上げた。 「千秋ってホストっぽくないよね」 「それはどう受け取ったら良いんだろうか……」 「悪い意味じゃないから安心して」 そう、千秋はホストっぽくない。私は何度もホストの千秋に会いに来ているけれど、そのホストらしさを享受したことなんて一度もない。いつだって自然体で欲がなくて、笑顔には一切の裏も見え隠れしない。どれだけこちらが警戒して訝しげに彼を計ろうとしても、そこにはあまりにも普通の明るくて優しいお兄さんしかいないのだ。本当に、なんでこんな仕事をしているんだろう。私は時々想像する。パラレルワールドの彼を。千秋がホストじゃない世界を。小学校の先生でもいいだろう。警察官だって似合う、消防士も。そんな妄想をして口元が緩むのを自分でも感じた。きっとこんな夜の世界よりも、昼の世界の方が彼には圧倒的に合っている。 「ねぇ千秋」 「なんだ?」 「小さい頃、将来なりたかった職業って何?」 「それはもちろんヒーローだ!」 千秋は目を輝かせて即答した。そういえば特撮ヒーローが大好きだったと聞いたことがある。果たしてヒーローは職業だろうかと思いつつも、真っ直ぐな彼に一番相応しくて納得してしまった。 「ふふ、千秋らしい」 私はまた想像する。赤いヒーロースーツを着た千秋の姿を。困ってる人や泣いている人がいたら、どこにいたって駆けつけて助けてくれる。その世界の千秋は大勢の人から必要とされて感謝されて愛されるヒーローなんだろう。 「夢、叶わなかったね」 「はは、そうだな。でも、この仕事をしていたから亜夜に出会えた。だから俺はホストになって良かったと思ってるぞ」 そう言って千秋はソファの上で私を抱き寄せた。千秋の言葉はいつだって真っ直ぐ優しく、それでも鋭い刃のように私に突き刺さってくる。千秋の言う通り、彼がどれだけホストらしくなくても、ホストだから私たちは出会えたのだ。そうじゃなければ出会うことなんてなかった。どちらの方が良かったかなんて私にはわからない。泣きたい気持ちをぐっと抑えて千秋のシャツを掴んだ。 「千秋、くるしいよ」 「ああ、すまない」 私から体を離して千秋は姿勢を正した。気持ちを落ち着かせようとしてお酒を口に運ぶけれどそのアルコールは余計に感傷を連れてきた。涙が零れ落ちないように上を見上げる。シャンデリアが眩しい。 「亜夜、どうした!?そんなに苦しかったか!?」 「千秋」 「うん!?」 「好き」 「え……?」 涙目で愛を告げる私を見て千秋は一瞬狼狽えたようだった。それでも次の瞬間にはいつもの明るい笑顔を見せる。 「ありがとう。俺も亜夜が大好きだ!」 結局千秋はまた私をきつく抱きしめた。今度は私も腕を回す。千秋の温度が徐々に私を包んでいく。だめだ、拒否しなければ。見誤ってはいけない。そう思ってももう遅い。私の心はとっくに千秋に絆されている。 私は何度だって想像する。苦しくても虚しくても想像する。千秋がホストじゃない世界を。そして私が千秋と結ばれる世界を。小学校の先生でも警察官でも消防士でも、どこかのヒーローだろうと、何でもいい。何でもよかった。ただただ、見たかった。太陽の下で微笑む彼を。私たちはホストと客ではなく、別の形で出会って恋をして手を取り合って、ごく普通の恋人同士になるのだ。映画を観たり水族館に行ったりショッピングをしたりして、たくさん写真も撮ってアルバムを作って、そんな普通の恋を千秋としたかった。お姫様になんかなれなくていいから、千秋の彼女になりたかった。 ようやく体を離す。私は千秋の顔が見れずに、グラスに入ったお酒の表面に映ったシャンデリアの光を見つめた。それは決して手の届かない光だった。 太陽の夢を見る 20210725 |