恋の病と酸性雨


 仕事帰りに書店に足を運んだ。ファッション誌のコーナーで足を止める。いくつも並べられたカラフルな雑誌の中で、一際華やかに塗装されたものを一冊手に取る。宗とあの広告塔の女性モデルが写ったその表紙は、宗教画のようにすら思える神々しさがあった。表紙を捲ると巻頭から数ページに渡って二人の麗しいビジュアルが展開されている。異国どころか異世界のような、決して手には届かなそうな雰囲気を二人とも醸し出していた。そのコーナーの最後のページには宗とモデル、名前はLaylaというらしい、それぞれへのインタビューが掲載されていた。今回のドレスのプロデュースについてだ。読むな、文字を追うなと脳みそが告げている。それでも私はその一文字一文字から目を離すことなどできない。モデルのインタビューをじっと読み進めた。

『斎宮宗さんのプロデュースしたドレスを身につけた感想を聞かせてください』
『私がモデルになる前からずっと憧れていた斎宮さんのセンス溢れるドレスを着させていただいたこと、とても光栄に思っています』

 頭がくらくらした。目眩にも似た感覚に陥りながらもLaylaのインタビューを読み切った。その文面からは宗への敬意がこれでもかというほど滲み出ていた。続いて、宗のインタビューに目を通す。ドレスへの拘り、理想とする世界観、今後のアイドル活動などについて、宗らしい我を貫くような回答が並んでいた。そして後半になると、モデルに触れる質問が目に入った。

『ドレスのイメージモデルを務めるLaylaさんの印象は?』
『気品に溢れていて、』

 宗の回答を読み切らないうちに、バタンと勢いよく雑誌を閉じた。続きを読むのが怖くて、閉じてしまった。近くにいた店員が不審そうな眼差しをこちらに向けている。居心地が悪くなり、私は雑誌をラックに戻して書店を後にした。
 店を出ると、ポツポツと小粒の雨が降り出し、地面を少しずつ色濃くしていった。私は傘を差さないまま、帰路を歩いていく。頭にはずっと雑誌の中の二人の姿が浮かんでいた。
 あの女は、宗に好意を寄せているのかもしれない。そんな、短絡的な疑惑が浮かぶ。募って募って仕方ない。宗も彼女の美しさに惹かれているのかもしれない。宗はいつか、あの女を抱くかもしれない。いや、もう、抱いているかもしれない。考えれば考えるほど、わざわざ口に指を突っ込まなくても吐けそうなくらいには、絶望を感じていた。わかっている、こんなの、ただの被害妄想だ。そんなことわかっているのに、私はやはり、自分と彼女を比べては、痛いほどの劣等感と嫉妬を抱いて、その感情に支配されていくのだった。
 雨で濡れた横髪が頬に張り付く不快感を無視して、宗と住む家に帰ってきた。玄関の全身鏡を見ると、そこには亡霊のような姿の女が写っている。ファッションモデルになりたいなんて、今思うと馬鹿げた夢だ。私には彼女のような華も、気品もないのだから。でも、ファッションモデルになれなくても、ランウェイを歩くことはできなくても、宗のそばにいられる存在でありたかった。それだけが私の価値だった。


20210530