恋の病と酸性雨


 雨粒の重さを折りたたみ傘越しに感じて、煉瓦が敷き詰められた道を歩いた。時刻は午後八時過ぎ。仰々しい装いで立ち並ぶ高級ブランドのブティックのいくつかは明かりを消している。不安になるくらい閑静だ。足を速めてみたけれど、一つ、存在感を魅せつけてくる広告塔に目を奪われ、歩みを止めた。雨で視界が悪い中でも、ライトに照らされたそれは美しさの象徴かのように煌びやかに飾られていた。それはファッションブランドの広告で、容姿端麗な男女の写真だった。美女がドレスを身に纏っている。ワインレッドのドレスにはフリルが惜しみなくあしらわれていて、胸元の真珠と薔薇のモチーフに黒いリボンがお姫様みたいだ。二次元的なモチーフなのに、細部まで丁寧にデザインされているからか、安っぽさは一切なく、華やかで品があり、色気さえ漂わせている。何より、モデルがよく着こなしている。白い肌。大きな瞳。高い鼻。細長い手足。まるでこのドレスを着せるために作られた人形のようだった。彼女の黒いレースの手袋をはめた手を取るのは、私のよく知る男だ。彼もパーティに赴くような正装をして、決して媚びない笑みを浮かべていた。女性も男性も、等しく美しい。二人は恋人同士です、と誰かが言えば、容易く納得できてしまう。雨に濡れた広告塔に閉じ込められたような二人は、申し分ないほどお似合いだった。下に大きく書かれた『Produce by SHU ITSUKI』という筆記体は、私をどうしようもなく絶望的な気分にさせる。私は目を閉じて視覚的情報を全て絶ち、大きく息を吸った。そして再び歩き出す。傘の柄を掴んでいる手先と一緒に心の奥底が冷たくなっていくのを感じながら。


20200508