「な…なになに?どうしてあいつがここに…」
どうやらリンスさんもこの男性を知っているみたいだ。男性がリンスさんを見る。
「リンスレット=ウォーカーか…。悪名高き女盗賊と黒猫が知り合い同士とは…意外だな」
そう言うと男性が私を見る…というより睨むと言った方が正しいかもしれない。その睨みが怖くて目を逸らしてしまった。
「…何の用だよ。昼間の続きでも闘りに来たか?でもあんたの目的はもともとマダム・フレシアの暗殺じゃなかったっけ?仕事しなくていいのかい」
昼間。つまりパーティーの時にこの人と一悶着あったのだろう。そしてトレインさんから放たれたマダム・フレシアを暗殺という言葉。ただの一般人じゃないと流石にわかる為思わず逸らしていた目を男性へと戻して一歩後ろに下がる。
「心配には及ばん。殺し屋稼業はしばらく休業する」
「!?」
「だがその前に…聞きたい事がある。ホテルで…フレシアのSPが恐竜を狙撃しようとしたときお前は彼らの銃弾を撃ち落とし恐竜の攻撃が彼らに及ぶのを防いだ。なぜ…無関係の人間を助けるようなマネを?恩もなく血縁でもなく、仲間でもない人間を…助ける理由はなんだ?」
私には男性の言っている意味がわからなかった。助けるのに理由なんているのだろうか。目の前に困っている人がいるのなら助けてあげたい。恩とかも必要なんてない。
「なーに言ってんの!何の関係もなくてもヤバイと思ったら助けてやるのがフツーでしょ!人を助けるのに理由が必要なワケ!?」
「リンスさん…」
同じ事を口にしてくれるリンスさんに安堵する。この人にとっては…それが普通ではないという事?
「…だまれ女。俺はその男に質問をしている…!」
他の奴らが口出しするなということだろう。リンスさんが黙ると男性はリンスさんを見ながら面白そうに笑った。まるでリンスさんが馬鹿げた事を言ったというように。
「ククク…。"ヤバイと思ったら助けるのがフツー"だと?確かに…一般人レベルで言えばそうなのかも知れないな。だがその男は一般人じゃない。かつて闇の世界で恐れられた…伝説の抹殺者だ!」
そうだ。トレインさんは昔はそうだったと聞いた。…でも。
「…だから、何なのですか…?」
「何…?」
口を開いた私を睨む男性。それが怖くて怖じけそうになる。先程は目を逸らしてしまったが、これだけは言いたくて、この人が言った事を否定したくて目を逸らさず返す。
「私はトレインさんの昔の事は全然わからないけど…それでも、絶対トレインさんは昔から優しい人だって事はわかります!あなたとは違います!」
トレインさんは最初から優しい心を持っているから今も優しいのだと思う。一緒にいる時間は少なくてもトレインさんが優しい人だって事はわかるよ。
「小娘…!俺に口答えする気か…!」
「っ…!」
返された言葉が気に入らなかったからか、男性の言葉と表情には明らかに怒りが出ている。私でもわかる程に殺気を感じて心臓が掴まれた感覚になる。…だけど私は自分が言った事を撤回する気はない。震える体を抑える為に両手を強く握りしめた。
「闇の世界に他人を助けるなどという概念はない。判断を誤った奴は死に、強者だけが生き残る。それがルールのはず!」
(こいつ…ヤな感じ…)
本当にこの人は誰かを助けた事が無いのだろうか。殺し屋だからとかそんなの関係無いと思う。結局は自分がどうしたいかじゃないのかな。
トレインさんが足を動かして私の前に立つ。たったそれだけで、トレインさんの背中を見ただけで安心してしまう。
「悪いけど俺はとっくに抹殺者はやめてんだ。そんなルールはとうの昔に忘れちまった」
「!」
「だから」
いつの間にか飲み終わったのだろう、ミルクのパックをベコッと潰して男性にハッキリと告げた。
「だから目の前で死に急ごうとしてる奴がいれば助けるし、敵でも殺さずにすむなら極力殺したくはねぇ。…たとえ生死問わず[デッドオアアライブ]の標的でもな…!」
「トレインさん…」
「…甘い考えだ…。わからんな。かつてお前の伝説を痛いほど耳にした俺には…」
男性はその甘さがいつかトレインさんの命を奪う材料になるかも知れないと言う。しかしトレインさんはそれでもいいと言うように親指をぐっと立てて笑う。
「…いずれ俺はもう一度お前に挑みにくるつもりだ…。お前の…その銃技を上回る力を身につけてな!」
やっぱりこの人とトレインさんはパーティーで闘ったみたいだ。その闘いでこの人の自信をトレインさんは銃技でコナゴナに打ち砕いたらしい。だからトレインさんを超えるしか失われた自信を取り戻す方法は無いと男性は言う。
「この首にかけられた2000万イェンはそれまで誰にも渡さない事を約束する」
その代わり、というべきだろう。その時は甘い考えを捨て俺を殺す気で闘えと言う。甘い考え、か…。しかしトレインさんは。
「…おもしれぇじゃねーか!いつでも来いよ。けど殺す気でやるかどうかは俺が決める事だ。指図は受けねぇぜ」
そう言うと男性は笑い、「いずれ会おう、黒猫…」と去っていった。
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