あの後二人と合流した私達は宿に戻った。色々あった一日だけど、とにかく皆が無事で良かった。リンスさんは疲れたからかお風呂に入りたいらしく、私達の宿にてお風呂に入っている。泊まりはしないみたいだけど。
『トレインとスヴェン、この二人と一緒にいるなんて疲れると思うけど…。何かあったら遠慮なく言ってちょうだい』
『余計なお世話だ!いいか明、トレインみたいに騙されるなよ。リンスは…』
噂のリンスさんと出会った私は自己紹介をした。ショートカットの薄紫色の髪。私から見て露出度が高い服を着ていたリンスさんだったけど、言っている事はあれとはいえ、とても泥棒請負人には見えない。…そう思っていた私の横でスヴェンさんは険しい表情をして私に良い奴だと思うなと凄い言ってきたけど。
「…やりすぎたかな。明日筋肉痛になったらどうしよう」
時刻は夜。私は皆が宿で休む中、少しでも剣に慣れようと外に出ていた。遅くならないようにとスヴェンさんに言われた事を思い出しながら20分くらいは剣を振っていたかもしれない。うん、今朝よりはマシになっている気がする。とはいえやっぱり腕が痛い為、なんとなく筋肉痛になる気がした。限度を考えてなかった自分に呆れてつい溜息をついた。
本当は夜にこんな事をするつもりはなかった。だけどあの恐竜の一件で一日でも早く強くなりたくて気持ちが焦ってしまった。…だがもし実戦になれば、私は怯えてしまうのだろう。自分のせいで誰かが傷つくのは嫌なのに。身も心も強くなりたいのに、そんな急激に強くなる訳ない。せめて元々運動神経が良いとかなら良かったのに、平凡より下だし。
「…あっ」
考えれば考える程落ち込んでいく中、一人の人影が見えた。段々近づくにつれて姿がはっきりと見えてくる。そしてその人が自分の知っている人だとわかり、つい歩く速度を上げる。まだスーツ姿のままでいる彼…トレインさんがそこに立っていた。持っている牛乳パックをまじまじと見ている。
「むう、パックの牛乳も悪かねぇな」
「トレインさん」
「明。終わったのか?」
「うん。トレインさんは何してたの?」
「俺?暇だから外に出てた」
私が外に出る時トレインさんは宿にいた為、私が何をしていたのかは知っている。聞かれた質問に答えて今度はこちらから訊けばそう返される。直ぐに戻る気はないのだと察したが、私も直ぐに戻る気が起きなくて良いかなと思いながらもトレインさんの近くに並ぶ。その事についてトレインさんは何も言わなかった為少しだけ安堵した。
「明」
「ん?」
名前を呼ばれて景色を見ていた視線を彼へと移せば頭を撫でられる。あまりにも突然の事に身動きが取れないし思考が止まる。漸く状況を理解した時には流石に理由が気になって、「ど、どうしたの?」と焦りながら訊いてしまう。
「さっきも思ってたけど、今もまたなんか考えて落ち込んでるだろ。色々考えるのは良いけど、あんま深く考えんなよ?明は直ぐ悪い方に考えるみたいだしな」
「え、そんなにわかりやすく落ち込んでた!?」
「ああ。負のオーラが出てる」
「負のオーラ!?」
そういえば司に私は感情が顔や態度に出やすいって言われてたっけ。でもそんなに露骨に出してたなんて思いもしなくて。
とにかくずっと気を使ってくれている彼に申し訳なくて謝った。あまりにも慌てているからか私の頭から手を放してトレインさんは「そんな慌てるなって」と揶揄う様に笑う。正直笑ってくれる方が私も少しだけ気が楽になる。
「…その、ありがとうトレインさん」
「別に大した事はしてねぇよ」
「してるよ。話してて元気出たから」
「なら良かったけど。明は落ち込んだ表情より笑った方が良いし」
思いもしない返しに心臓が跳ねる。な、なんか物凄く恥ずかしい事を言われたような!?
トレインさんは一口ミルクを飲むと外していた目を再びこちらへと向けるが、不思議そうに見てきた。
「?…大丈夫か?顔赤いぜ?」
「…う、うん…。大丈夫だと思う。多分…」
頬が熱くなってるからもしかしてとは思っていたけど、やっぱり顔が赤いんだ。トレインさんに指摘された為もっと顔が熱くなって何故か胸のドキドキも止まらない。
「あ」
「…?」
冷たい風が熱を下げてくれるのを願っていれば私の後ろを見てトレインさんが反応する。気になって振り向くとこちらに向かってくるのは一人の女性。リンスさんだった。あ、お風呂は入り終えたのかな。「やっほー」と明るく声をかけてくるリンスさんに私は頭を下げた。
「もう行くのか?慌ただしい女だな」
「そう?もうここにいる理由もないもの。結局お互い何の利益もなかったけど、とりあえず一日ダーリンごくろーさまでしたっ!」
「はぁ?」
どうやらリンスさんはお礼を言いに来たみたい。機会があったらまたお願いすると告げるリンスさんに、「ジョーダンじゃねぇ、次はひっかからねぇからなっ!」とトレインは返す。…もしまた同じ事があったらスヴェンさんの怒りが今回よりとんでもない事になる未来がなんとなく見える。多分トレインさんも薄々気づいてる気もするけど。
リンスさんは怯む事なく、単純だからまた引っかかるんじゃないかと余裕そうに笑っていた。二人の会話を聞いている私はつい笑ってしまうとトレインさんが私に目を向けてきて。
「明、お前も笑うなよ!」
「ご、ごめんね!」
「いいのよ明。…トレインって揶揄うと面白いと思わない?」
「変な事を明に吹き込むなっつーの!」
面白いというか、リンスさんにはあまり強く言い返せないトレインさんを見るのが新鮮だった。新しい一面を見れて素直に嬉しいとも思う。私からしたらリンスさんって大人の女性だし、やっぱりリンスさんから大人の余裕を感じる。私もこんな風になれるのかな。
リンスさんと共にひとしきり笑いあった後、リンスさんから笑顔が消えて真剣な表情でトレインさんを見つめる。
「…ねぇ。興味本位で一つ…聞きたい事があるんだけどさあ…」
「なんだよ」
「"ミナツキサヤ"…って女の事…。…何者なの?」
ミナツキ…サヤさん…?聞いた事もない名前だが、その人が重要な人なのはリンスさんから伝わってくる。…そして訊かれたトレインさんも少しだけ雰囲気が変わった気がした。私はこの場にいない方がいいよね。足を動かそうとしたが、その前にトレインさんの口を開く。
「悪いけど…ムカシの話しをするのは好きじゃねぇんだ」
静かに断る彼からはそれ以上踏み込ませない圧も感じる。昔の話。トレインさんとは全然気持ちが違うと思うけど、私もとある話をされたり聞かれたりすると嫌な気分になる事がある。海姉ちゃんが、事故にあった理由。理由はわからない。
「それに…珍しいお客が来たみてぇなんでな…」
そう告げるトレインさんは体を私達とは違う方向へと向ける。街灯に照らされていない所からこちらに歩いてきている男性。トレインさんの知り合いかな?
「………」
(…ルガート=ウォン…)
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