昼食を食べた後ゲーセンに寄ったりして遊んだ私とユヅキさん。当初の目的を忘れそうになる程に楽しい時間を過ごしていた。そして今、公園のベンチにて他愛ない話をしていた。時刻は夕方。そろそろ本題に入ろうかなと思った瞬間だった。
「明さん、少し時間を頂けませんか?」
「?うん、わかった」
ユヅキさんに告げられて頷く。一体どうしたのだろうと思うが、彼は立ち上がり何処かに去った為私は一人その場に残される。暇になった私はユヅキさんが戻ってくるまで飲み物を買いに足を動かしたのだった。
一方トレインは明とユヅキの後をつけていたのだが、その顔は不機嫌と物語っていた。嫉妬ではなく、別の理由で。とにかくユヅキが何処に立ち去ったのか確認しようとした…のだが、誰かに肩に腕を回されて無理矢理正面を向かされる。"誰か"の正体がわかっているトレインは尚更不機嫌な顔になった。
「だから何で俺の隣にいるんだよ!?」
「何じゃつれない奴だのう。あれからずっと一緒にいたというのに」
「お前が勝手についてきただけだろうが!」
そう、店を出てから彼…カーシェは何故かトレインの隣にずっといたのだ。トレインが自ら離れようとすればカーシェが許さない。トレインにとってカーシェはこれ以上関わりたくない相手だ。ましてや当の本人はそれに気づいていないのか、それとも気づいていてわざと一緒に行動しているのかすら読めない。…どこか後者の方だと思ってしまうのは気のせいだろうか。
トレインは忘れていなかった。彼のおかげでまだ自分が食べていない(寧ろ食べられた)のにも関わらず店を出る事になってしまった事を。更には料金をしっかり払わされた事を。
「大体何で俺が払う必要があったんだよ」
「昼の事か?それなら頼んだのはお前だろう?だから払うのはお前に決まっておる」
「食べたのは殆どお前だろ…」
いい加減怒る気力すら無くなってくる。カーシェと話すだけでどれだけ体力を消耗したのだろうか。考えたくもないものだ。
明に対する気持ちを知りたいのに邪魔をしてくるカーシェ。迷惑という言葉を知らないのか疑いたくなる程未だに引っ付いてくるカーシェにもう一度言おうとした刹那、不意にカーシェの表情が変わった。
「ふむ、面倒な事になった。一旦この場を去るか」
「はぁ?随分突然だな」
「あの男に言っておけよ!ワシの女に手を出したら許さんと!」
告げるだけ告げてそそくさと立ち去るカーシェ。一旦、という事はまた合流するつもりなのだろうか。そう考えると頭が痛くなった気がした。
しかしだ、何故カーシェは立ち去ったのだろうか。トレインにとっては喜ばしい事だったが、理由が気になる。…その瞬間、誰かがトレインの名を呼ぶ。
「トレイン=ハートネット」
「ユヅキ!?た、たまたまここにいただけだからな!」
「ついてきた事など最初から気づいている。それよりも…一人の様だな」
流石はユヅキと言うべきなのか。気づかれていた事にトレインは何も言えなかった。一方ユヅキはそんなトレインなど目もくれず別の存在を探していた。ユヅキが誰か判明出来なかった存在ーーーカーシェ。内心いない事に舌打ちをしたくなったが堪える。トレインに訊けば早い話なのだが、明を待たせているユヅキに詳しく訊く時間は無い。だから深く追求しない事を判断したユヅキは再びトレインに視線を戻した。
「会ったついでに良い事を言っておこう」
「良い事?」
「今回出かける際に私は明さんにある事を頼んだ」
集合時間や場所を決めていた時にでも頼んでいたのだろうか。ユヅキから明に頼み事など珍しいなとトレインがぼんやり考えている中、ユヅキは彼の耳に入らぬ様「誰のためだと思ってる」と苛立ちを含めた声で呟いていた。
尚、結果は断られたらしい。これまた明がユヅキの頼みを断るなど珍しいと驚くが、一体何を頼んだのだろうか。
「貴様は覚えているか?明さんが買ったワンピースの事を」
「ああ…って、何で知ってんだよ!?」
「シズク様に聞かされたのでな」
忘れるなど出来るはずがない。似合っていて思わず見惚れてしまっていた明の姿を。今でも思い出すと顔が熱くなるくらいだ。しかし今回だけはシズクには何もかも見られている事と、ユヅキに全て伝わっている事に恥ずかしくなってくる。
「私は明さんにそれを着て来ていただきたいとお願いした」
「はぁ!?」
「疑ってはいないが…確かめたくてな。彼女の想いが本物か偽りか」
明の想い。それはどういった感情なのか予想出来ないが、知りたいとトレインは思った。もしも自分と同じだったら…。
(…同じだったら?何が同じだったらって思った?)
未だにこの感情の答えに辿りつけていないトレインは一瞬悩んだが、ユヅキが明の想いとやらに気づいている事に少しだけムッとしていた。何故こいつは知っているのかと。が、一々気にしていても仕方が無い為、頭を切替える。
先程のユヅキの言葉を思い出す。断られたって言ってたよな?とトレインの問いに頷くユヅキは…笑っていた。
「気味悪ぃな。何ニヤニヤしてんだ」
「…フン、何とでも言えばいい。しかし明さんの優しさには感謝しておけ。彼女は断る時…」
『ごめんね、ユヅキさん。それは出来ない。…これは、トレインさんが似合ってるって言ってくれて買った大切な服だから。次に着る時はトレインさんの前だけにしたい。…な、なんて、そんな日が来るかわからないけど…』
そう告げていたらしい。トレインにだけ。この言葉が嬉しくて、断った理由が嬉しくて、トレインの顔がみるみる赤く染まっていく。教えた本人のユヅキは彼の反応を見て心底思った。何故その感情に気づかない、と。同時に、あの時の彼女も同じ事を思っていたのだろうかと片隅で思っていた。
「そろそろ限界だな。私は明さんの元へ戻る。貴様は好きにすればいい」
「…ユヅキ。あんま言いたくねぇけど…ありがとな」
「………は?」
思った以上に時間が過ぎている為、明の所に戻ろうとするユヅキを引き止めたトレインは渋々ながらもお礼を言った。一方言われた方のユヅキはまるで鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしていた。まさかトレインの口から感謝の言葉を聞くとは思ってなかったからだ。その表情にトレインは言わなければ良かったと後悔したが、もう口に出してしまったものはどうしようもない。
「…私にお礼を言う暇があるのならば、さっさと気づけ。本当に焦れったい。それとも、明さんに対する気持ちはその程度か?」
「ふざけんな!俺の気持ちはーーー…っ…?」
今、何を口にしようとしたのだろう。トレインは自分の発言に驚いていた。自分の気持ちは?…一体何だというのだろうか。疑問で頭がいっぱいなトレインを見てユヅキは笑っていた。それでいい、まるでそう言っているかの様に。
背中を向けてユヅキは今度こそ歩き出す。トレインもこれからどうするか悩んだ結果、もう少しだけ後をつける事にした。
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