「………」

「ユ、ユヅキさん?眉間に皺が…」


劇は無事に終わった。私達は約束通り限定アイスを頂いて食べながらも再び外を歩いていた。美味しい。美味しいのだけど…隣にいるユヅキさんが気になってとても感想を言えない。
劇の内容は王道。囚われたお姫様を王子様が助けに行くという話。一公演、どうしても王子役の人が出れなかった為ユヅキさんが代わりに出る事になったのだけど…。


「か、歓声が凄かったね」

「…そうですね。おかげであの男には愚痴を言われましたが」


表情は微笑んでいるが、声は何処か苛立っている。無理もない…かな。
とにかくユヅキさんは劇で凄く人気だった。元々ユヅキさんは少し幼く見えたとしてもカッコいい訳で。そこに借りた王子様の衣装を着れば更に映えるというもの。彼が言葉を放つ度に観に来ていた女子達が騒いで。騒がしいのが苦手なユヅキさんは堪えながらも無事に終える事が出来た。ていうかよく短時間で覚える事が出来るなぁと感心してしまう。
一件最高の舞台になったと誰しも思ったのだが、本来の王子様役の人が来た途端観客は帰ってしまったのだ。先程の王子様…つまりユヅキさんが出なければいらないと大勢いた客が半分以上いなくなり、あの男の人がユヅキさんに説得したのだけど。


「約束は一回だけと決めていたので。それ以上する必要は無いでしょう」

「…って言ったら怒ってしまったんだよね。アイスは頂いたけど…」

「結果的にOKですね」


何を言っても出ないと頑なに断るユヅキさんに男の人は私達に怒りながらも限定アイスを渡し…と言うよりも投げて?きて追い出されてしまった。ユヅキさんの言う通り結果的にアイスは頂けたし、美味しい。でも少し申し訳ない気持ちがある。
ユヅキさんはたった一公演しただけなのに観に来ていた女性からは本当に人気で今でも歩いているだけでキャーキャー言われている。気づいていないみたいだけど。


「しかしこのアイス…美味しいですね」

「うん!本当に美味しい。シズクさんにも…あ」


無意識に呼んだシズクさんの名前に私はハッとして口を謹んだ。シズクさんは前に会えない、と言っていた。私はあの白い空間では会えるかもしれない。だけど…ユヅキさんみたいにこうやって地上に降りてくる事は無いんだ。その事実が私の胸に突き刺さる。
自分の発言に落ち込んでいれば笑い声が聞こえた。それはユヅキさんから零れた笑い声。一体何に対して笑っているのが気になり首を傾げていると「すみません」なんて謝られる。


「明さんがシズク様の心配をしている事が嬉しいのです」

「え?どうして?」

「あの方にとってあなたは大切な人ですから。明さんを見て私も安心しました」


シズク様を大切に想って下さっているのですね。穏やかに、とても自分の事でも無いのに嬉しそうに笑うユヅキさん。シズクさんは私の事を…。私もシズクさんを大切な人だと思っている。そう思える様になったのはいつからだろう。初めは私を別の世界で生きれる様にしてくれた恩人だった。…でも今はもう隣の彼みたいに会えない事が寂しくて、凄く会いたくなる。初めて出会った時から感じていた違和感。シズクさんは…"他人"じゃない。やっとここまでたどり着けた気がする。後は何なのか、だけど。


「うん、私もシズクさんを大切な人だと思ってるよ。勿論、ユヅキさんの事も!」

「私もですか?…ふふ、ありがとうございます。私にとっても明さんは大切な人ですよ」


以前の私ならきっとユヅキさんの言葉に照れて返せなかっただろう。だけど今なら笑ってお礼を言える。それはユヅキさんと仲良くなれた証拠だ。彼も同じ事を思ってくれているだろうか。
じゃあユヅキさんにとってシズクさんはどういう存在なの?と、なんとなくユヅキさんに質問してみる。


「シズク様は私を助けてくれた大切なお方です。…感謝なんて言葉じゃ足りないです。あの方の為なら、何にかえても願いや想いを叶えたい…」

「ユヅキさん…?」


それはもう"大切"なんて超えている程の想い。口から紡がれる言葉が、表情が物語っている。恋心で、じゃなくて純粋にシズクさんの力になりたいと小さくユヅキさんは呟いた。
凄いね、と素直に言えば首を横に振る。謙遜しなくてもいいのに。するとユヅキさんはからかいを含んだ笑みを見せてきた。


「気に入りませんが…明さんもあいつの為なら力になりたいと思っているでしょう?」

「えっ!?わ、私はトレインさんにそんな…!」

「誰も名前は出していませんが」


確かにユヅキさんは特定の名前を呼んでいないのだけど、私からすればあの人の事を言われている気がしてつい反応してしまった。だけど指摘されては恥ずかしさが込み上げてくる。咄嗟にトレインさんを思い浮かべて言ってしまったのはユヅキさんの言う通りだから…?
頬が熱くなっている気がして溶けかかっているアイスを食べる。しかしユヅキさんは楽しそうにもっと告げてくる。


「何故あいつは気づかないのか…」

「き、気づかなくていいよ!」

「ところであいつのどこが好きなのですか?私には全くわからないので是非とも教えていただきたいですね」

「も、もうっ…!からかわないでよユヅキさん!」


ただでさえ顔が熱いのに、こんな事を言われると余計に熱くなる。アイスは冷たいはずなのに冷たさを感じないよ…。
ユヅキさんのからかいを止めながらも私達は次の目的地に向かって歩いたのだった。




 


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