「勘違いさせたのなら本当にごめんなさい。でも私は…他に好きな人がいるので、決してあなたに一目惚れしたわけじゃないんです」
男性の紫の瞳を見ながら言う。すると男性はまた一口リンゴをかじると「わかってる」と短く言った。わかってくれた事に安心して息を吐く。
「よっぽど相手の事が好きなんだな。良い顔をしていた」
「…そう、でしたか?」
言われるまで何も思わなかったが、頬が緩んでたのかな。トレインさんの事を想うと胸が暖かくなるし、自然と表情も柔らかくなっているのかもしれない。男性はニヤニヤしながら私を見る。
「だがその様子じゃまだ片想いってところか。ワシと一緒じゃのう!」
「あ…あなたも、好きな人がいるんですね」
「うむ。中々厳しいやつなんだよ。ワシが好きだなんて言うたら流すしの。難しいもんだ」
…気づいているのかな。凄く幸せな表情してる。さっきの私もこんなに幸せな顔をしていたのかな。そう考えると少し恥ずかしいかもしれない。でも…嫌じゃなくて嬉しいって思う。
「カーシェ」
「え?」
「ワシの名前じゃ」
「あっ…私は明です」
男性ーーーカーシェさんは私の名前を聞くとまるで知っていたかのように「ご丁寧にどうも」と呟いた。
改めてカーシェさんに訊こうとしたが、カーシェさんの顔が真剣になったからやめる。しかもリンゴを買ってほしいと言う前の真剣な表情ではない。深刻な話なのはわかる。
「明。何があっても相手の事を想っていろ。ワシに言えるのはそれくらいしかない」
「カーシェさん…?」
何がなんだかわからない。カーシェさんの言っている意味も、何でそんな事を言ってくるのかも。言葉が出てこない私にカーシェさんはフッと笑うと立ち上がる。
「ワシはもう行くぞ。愛しの女に会いにな」
「は、はい。わかりました」
「じゃあな、明。リンゴ、ありがとよ」
背中を向けて歩いていくカーシェさんを私は見送る。カーシェさん、か。少し変わった人だったけど、きっと良い人なんだよね。カーシェさんが想っている相手ってどんな人なのかな。難しい、って言ってたけど…きっとその人も同じ気持ちなのはなんとなく想像出来る。だ、だって今少ししか話していないけど…ちょっとついていけなかったもん。
「そろそろ私も戻らないと」
ベンチに置いていた荷物を持ち立ち上がる。もう夕方だしトレインさんやイヴちゃんも戻っている頃だろう。冷えていた飲み物もとっくに温くなってしまった。アジトに戻って冷やさなきゃと思い歩いていったのだった。
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