「明」

「え…」


手を掴まれて引き寄せられる。少し頬に当たったのはトレインさんの服にある特徴的なドーナツ。背中にはトレインさんの腕。離さないようにガッチリと抱きしめられている事に気づいた私は一気に体が熱くなった。胸の鼓動も急速に速くなっていく。


「悪い」


聞こえてきたのは謝罪。どうして彼が謝るんだろう。謝るのはどう考えても迷惑をかけた私の方なのに。否定しようと思って顔を上げようとすれば、強く抱きしめられる。


「怖かっただろ」

「…!」


必死に笑って誤魔化してもやっぱり彼には見抜かれていて。その言葉を聞いた途端、先程の出来事を思い出してしまう。


「ち、ちがっ…!もう怖くなんか無いのに、何で…」


言葉とは反対に体は正直なのか段々震えてくる。まさかここまで自分が怖がっていたなんて思ってもなかった。それと同時にトレインさんに助けられたのにまだ怖がっている自分が情けなくなって。だって今私の震えはトレインさんに伝わってしまっているだろう。…だけど。


「トレインさんが、助けに来てくれて…良かっ、た…!」

「明…」


声が震える。もしあの場にトレインさんが来てくれなかったら。考えただけでもゾッとする。涙が頬をつたっていく。トレインさんは何も言わずに私を抱きしめてくれていた。…いつかのあの日のように、泣き止むまでずっと。










しばらくすると涙も震えも止まったのがわかったのかトレインさんが私を離して微笑んだ。その微笑みに何故だかもう一度泣きたくなってしまうのを無理矢理堪える。
「ありがとう」とお礼を言えば「気にすんなよ」と優しく言ってくれて。ゆっくりと歩いて行くトレインさんの隣に私も並んで歩く。ふと気になった事があって私は尋ねた。


「イヴちゃんとの買い物は終わったんだよね?あ、もしかしてイヴちゃんに頼まれたから来てくれたの?」

「ちっげーよ!…俺が明の事が心配だったからじゃ、駄目なのかよ」

「!」


ムスッと少し拗ねた表情で言ってきたトレインさん。一方私はそんな発言をされて一度おさまった胸の高鳴りがまた速くなっていく。心配、してくれてたんだ…。胸がじんわりと暖かくなる。


「あ、ありがとう…」

「…ああ」


やっぱりトレインさんが好き…と改めて実感する。傍にいてここまで安心する人なんてきっといない。もう少しだけこのままでいたいと思うのは贅沢なのだろう。…それでも、今だけはこのままでいたいと思ってしまう。トレインさんも同じ事を思ってくれていたら嬉しいのにな…なんて考えながらも私達はイヴちゃんが待つホテルに戻ったのだった。
 
 
 
 
 


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