控えめにデコレーションが施された愛用しているスマートフォンに電話が入ったのは、昨日の晩のこと。なんでも、スペインに留学している彼が、明日の一日だけ、こっちに戻ってくるらしいのだ。朝昼は手続きやらがあり、会うのは夜になる、と。電話の向こうに居る無口な彼から告げられたその言葉に、思わず頬が綻んだ。いつもなら面倒がってやらないトリートメントのお陰で、髪はさらさら。お風呂上りの保湿パックのお陰で、肌はつやめいており、化粧乗りも普段より何倍も良かった。今日は夜でもあまり気温は下がらないらしく、この間購入したAラインワンピースに、少しだけ底の高めのショートブーツで、玄関に座り込む。もう私の家に着く、と先ほど電話が入ったので、そろそろだろう。と考えた丁度、部屋にインターホンが鳴り響いた。私は、目の前にあるドアノブをがちゃりと回した。開けたら、見上げたすぐそこに久しぶりの彼の顔。たまらず頬が緩む。え、また身長大きくなった?

「べつに、そんなに変わんねーよ」

変わんないわけないよ。厚底のブーツを履いても大きくなったと思うくらいなんだから。170はゆうに越しているだろう。まあそんなこと、どうでもいいんだけど。

「おかえり、虎太」

「おう」

玄関を出て、虎太の隣に着いて歩いた。どこに行く?と虎太の横顔を見上げたら、やはり前よりも高い位置にあって、大きくなったなあと改めて実感した。まぁ、高校生なんだから、成長するのは当たり前なんだけど。ねえ、。先ほどの質問をもう一度聞き返して、虎太の手を握った。虎太は私の方なんてちらりとも見ないまま、私の手を引いて一言、公園、とだけ。

「ねえ虎太、上見て」

「?」

「星。この時期に見る星、好きなんだ」

「…、星」

「え?」

「久しぶりに見るって、思った」

目的の美咲公園までは、私の家から5分も掛からないところにあるため、先ほど玄関を出たばかりなのに、もう公園に到着してしまった。美咲公園、と書かれた入り口を横目で見ながら、外灯のもとにある茶色のベンチを目指して、二人で歩いた。虎太が、ベンチを手で払ってくれて、そこに遠慮なしに座った。優しいのは変わらないな、と心の中で思いながら。二人ベンチに座ってもなお、繋いだ手は離さなかった。

「スペインは星、見えないの?」

「みえねえ」

「夜中でも?」

「スペインは、明るいから」

ぼうっと、空を見上げながら虎太は淡々と、告げた。日本の空を、目に焼き付けるかのごとくに。そんな虎太の横顔を、私は目に焼き付ける。スペインはどう?そう尋ねたら、サッカーして寝るだけ。なんて、虎太らしくて思わず笑ってしまう。

「名前は、どうなんだよ」

「んー、学校で勉強して寝るだけ」

そう告げたら虎太もふっと口角を吊り上げた。久しぶりに見る虎太の笑った顔に、どきりと胸が少しだけ高鳴った。虎太とは、毎晩とは言わないが、頻繁にメールや電話などで連絡を取っている。虎太の声は、昨日聞いたばかりだったのに、直接顔を合わせて話すのとはやっぱり全然違って、話すのがとても久しぶりな感じがした。電話で話すよりも、何倍も嬉しくて、何倍も虎太が近くに居るみたいで、胸がいっぱいになる。私も虎太とおんなじように、空を見上げた。今更ながらに久しぶりに会えたのが嬉しいのと、少しだけの寂しさにじわりと視界が滲んだ。

「このまま時間が止まっちゃえばいいのに」

虎太がずっと私の隣に居れば良いのに。一緒に学校に通って、休み時間にお喋りして、一緒に下校して。放課後にデートしたり、勉強を教えあったり。休みの日は、少しだけ遠くに出かけたりだとか。

「おれは嫌だ」

虎太の口から零れたその言葉を聞いて、私は視線を空から虎太の横顔へ移した。目に溜めていた涙が一瞬のうちに重力に逆らって、ぽたりと零れた。自分と違った意見に少しだけ驚いたが、虎太らしいなぁと思わず笑ってしまう。なんで?そう尋ねると、虎太は空を見上げたまま、口を開く。

「もっとサッカー頑張って、」

「うん」

「身長ももっとでかくなりたい、あと筋肉も、まだ足りない」

「うん」

「それで、もっとかっこよくなって、それから名前に会いたい」

虎太が握った手をぎゅっと強く握り返してきた。私もつられてぎゅうと握り返すと、空を見上げていた虎太の顔が此方を向いた。虎太の握っているもう反対の手が伸びてきて、私の頬を親指で掬った。泣いちゃったの、ばれてたかな。

「待ってろよ」

虎太の鋭くて真っ直ぐな目が、私の目を捉えた。私は、もちろんだよ、と笑って見せたら、虎太も満足そうに笑ってくれた。そしてすぐに私から目を逸らしたので、私も虎太から目を逸らす。そして、なんでも無かったかのようにねみい、と欠伸を漏らす彼を笑ってやった。

「スペインは今、朝?昼?夜?」

「今何時だ」

「えーっと、…10時だよ」

「ん、じゃああっちは多分昼の1時とか2時くらい」

「ええ、お昼なのになんで眠いの」

「おれ、今日朝から寝てないんだぞ」

「あ、そっか」

10時で2時なら、日本が朝なら、スペインは夜中くらいになっちゃうのかな。夜中から寝ないまま日中を過ごして夜まで寝てないんだ。それなのに、わざわざ私のために時間を作ってくれたことが、ただ嬉しかった。虎太の中で、私という存在が小さいものではないんだなって、嬉しくて、胸がぎゅうっと熱くなった。

「寝ないで大丈夫?」

「んー、…わかんね」

「ちょっとだけ寝ていいよ」

そう告げたら、虎太は素直にこくりと頷いて、私の肩に頭を預けてきた。肩にのしかかる重みが、無性に愛おしくなって。すぐにすう、と寝息を立てるのを肩の辺りで感じながら、握った手を更にぎゅっと握った。



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『パレオ』さまの一万打企画でリクエストさせていただきました!
小純さんがお書きになる虎太くん夢はほんとに私のツボで、
いまだに何度も読み返してはひとりでにやにやしております…!
ほんっとうに素敵なお話をありがとうございました!
これこらもよろしくお願いします^ ^

小純さんに許可を頂いて掲載しております。
ご迷惑になる行為等はおやめください。



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