わたしは昔から甘えるのが大好きだった。
7人兄妹の長女といえど末っ子の、しかも兄さんたちとは8つも離れているものだから、わたしは両親からも六つ子の兄さんたちからもたいそう可愛がられて育った。特に六つ子の兄さんたちは忙しい両親に代わって、かわりばんこでわたしを幼稚園や小学校まで送り迎えもしてくれて。そんな兄さんたちだから、わたしは小さな頃から外で遊ぶよりも家で兄さんたちに相手をしてもらうほうが多くて、いつも兄さんたちのあとをついては甘えてばかりいた。わたしが覚えているかぎり、一番傍にいてくれたのは両親よりも兄さんたちかもしれない。


「ただいまー」


学校から自宅に戻り、引き戸を開けて中に入る。するとすぐに居間のほうから「名前、おかえり」とチョロ松兄さんが出迎えてくれて、もう一度ただいまを言い直す。


「ただいま、チョロ松兄さん。みんなは?」


「僕とおそ松兄さん以外、みんな外に出てるよ」


ローファーと脚の間に指を滑り込ませて脱いでから、それを揃えて上がった。そういうところ、名前は誰に似たんだろうねって、チョロ松兄さんは笑う。たしかにみんな脱いだら脱ぎっぱ、食べたら食べっぱで、あまり家事を手伝おうとしない。もうそれが日常でお母さんも何も言わないけれど、兄妹の中でもわたしやカラ松兄さん、チョロ松兄さんは比較的手伝いをしているほうだと思うし、食器も自分で下げるし、靴だって揃えて上がる。


「おそ松兄さんにも同じ血が流れてるはずなのにね」


「でも、お兄ちゃんがそんなことしてるところなんて想像つかないよ」


「それ、だらしない兄さんに直接言ってやってよ」


「えー?言っても変わらないよ」


お兄ちゃんはわたしに言われたとしても直しやしないんだから。
屈んでから立ち上がるとき、髪の毛が揺れる。「伸びてきたね」「うん、そろそろ切りたいの。明日にでも予約入れようかなあって」「それなら、トド松がいい美容室見つけたって言ってたよ」「ほんと?トド松兄さんのおすすめなら行きたいな」なんて会話をしながらチョロ松兄さんのあとに続いて居間に入り、そして聞こえてきた声に思わず頬が緩む。


「おう、おかえりー」


「お兄ちゃん!」


テレビの前で寝そべっていたお兄ちゃんがゆっくりとからだを起こして、「ん」と手を広げる。いつものように駆け足でお兄ちゃんの腕の中に飛び込めば、それを見ていたチョロ松兄さんが「あのなぁ…」と少し呆れた声を出した。


「おそ松兄さんも名前も、いい加減兄妹離れしろよ…」


「えーやだよ、名前ってばこんっなに可愛いんだもん」


「わたしもやだー」


「嫌だとかそういう話じゃないから!普通の兄妹はそんなにベタベタしてないから!」


お兄ちゃんの顎が肩にのせられる。背中にはとてもニートだとは思えないほど逞しい胸板があたって、背後から伸びてきた腕がお腹のところで組まれた。わたしもその腕に手をおいて、チョロ松兄さんに「仲がいいのはいいことでしょ」と笑ってみせる。


「少しくらいいいだろ、チョロ松。兄ちゃん弟も妹もみーんな好きだぜ?」


「はいはい、分かったから……お前らが兄妹間でも一番仲いいの知ってるから…」


「なあんだよチョロ松〜〜やきもちやんてんの?」


「チョロ松兄さんのことも、だいだいだーい好きだよ」


「うっさいわ!」


大好き、と言われて少し耳を赤くさせてそっぽを向いたチョロ松兄さんがおかしくって、頬が緩む。小さな頃からいつも一緒だった兄さんたちのことも、もちろん両親のことも、わたしは大好きで大好きで仕方がない。学校の友達が兄弟と喧嘩するだとか親と一緒にいたくないだとか毎日愚痴を溢しているけれど、わたしにはどれも同意しかねることだ。
お父さんもお母さんも兄さんたちも、わたしにはそれぞれがこの世でたった一人しかいない大切な家族で、喧嘩や離れるだなんて考えられない。こんなんじゃ一人暮らしだってできそうにないけど、わたしはそれでいい。


「今のは妬けちゃうなあ、名前」


びくり。
不意に、耳元で聞こえた低い声に、肩が震えた。


「名前、ジュースあるけど、どうする?」


「…あ、うん、麦茶のほうがいいかな」


チョロ松兄さんには、さっきの声は聞こえていなかったみたいだ。でも、兄さんはわたしが帰ってくる前から読んでいたであろう求人雑誌から、こちらに視線を寄越した。その声に反応してしまったのはほんの少しだけだったと思ったのに、チョロ松兄さんは相変わらず鋭いなあ。「名前?」ほら、早くなんとか言わないとチョロ松兄さんに気づかれちゃうよ。


「俺はビールかなー!」


「は、はあ!?お前には水だってないわ!」


「え?名前にだけ?お前最近冷たくない?」


「普通だろ普通!」


あーもう、と求人雑誌を折り畳んでチョロ松兄さんが立ち上がる。大方2階の部屋に雑誌を置いてから、台所で麦茶を用意してくれるんだろう。


「名前、入れてくるから、少し待ってて」


「ありがとう、チョロ松兄さん」


兄さんは最後に一度お兄ちゃんに振り向いてから「…兄さんはビール飲みたいならチビ太のとこにでも行けよ」と言い残して、襖を開けて居間を出ていった。少しして階段を上る音が聞こえる。トントンとリズムのよい音が聞こえ始めたあたりで、今度は今の今までわたしを背後から抱き締めていたお兄ちゃんが「さてと!」と、わたしのからだをお兄ちゃんと向き合うように反転させた。


「で?お兄ちゃんを妬かせるわるーい妹はどこかなー?」


「ここにいまーす」


今まで寄りかかっていたから、向き合うために体勢を変えたことで少しスカートが乱れる。直そうとすれば「あーやばい、今日スパッツなの?いいねぇそそるねぇ!」なんて親父臭いことを言われて「スパッツだけでいいの?」って、今度はお兄ちゃんに跨がるようにして座れば、すっと目が細められた。
あ、今のでスイッチ入った。


「名前」


「んぅ、」


べろんと一度唇を舐められたあと、すぐに唇を重ねられる。お兄ちゃんはキスがうまい、と思う。比較対象がないから分からないけれど、でもお兄ちゃんとキスをするのは好きだ。口をこじ開けられて、貪るような噛みつかれているような、垂れる唾液だってどっちのものかも分からない、そんな風にして舌を絡め合うのがたまらなく気持ちいい。息を吸おうと口を開けばさっきよりも深く口付けられる。


「ん、ふ、ぁん、」


「っ、は、あ、名前、」


生理的な涙が頬を伝った。それすらもお兄ちゃんの真っ赤な舌で舐められて、また唇に戻る。
お兄ちゃんに名前を呼ばれてうっすらと瞼を持ち上げれば、もしかしてずっと見ていたのかな、お兄ちゃんと視線が絡んで、さっきとはうってかわった鋭い瞳に背中がぞくぞくとして、お兄ちゃんの首に回した腕に力が入った。

わたしにとってお兄ちゃんは、他の兄さんたちと比べたら、ちょっと特別だった。
あれはいつの日だっけ、中学に上がったばかりの頃だったかな。もうお兄ちゃんたちは成人していたけれど、相変わらずわたしを送り迎えしてくれていて、その日の担当はお兄ちゃんだった。今思えばあの"送り迎え"は、お兄ちゃんたちが中学高校とおいたをしていたから、その報復としてわたしが狙われないようについてくれていた、のだと思う。本人たちから聞いたわけではないから定かではないけれど、お兄ちゃんたちおかげでわたしのごく普通な生活は守られていたのだろう。そしてその日の学校帰り、わたしは人生ではじめて、喧嘩っ早くてとんでもなく強いお兄ちゃんたちの代わりに、その報復の対象として狙われたのだ。相手もお兄ちゃん一人だったから、妹を庇いながら喧嘩なんてできないだろうって、そう思ったはずだ。

結果的にいうとお兄ちゃんはとても強かった。
「だから長男はやめとけっつったんだ!」「妹いんだからそっちだけ狙えばよかっただろ!はじめはそのつもりだったんだからよぉ!」「お前妹庇いながら喧嘩なんてできるわけねえ、今なら長男ぶっ潰せるって言ったよな!?あ!?」「普通できねぇだろーが!」「だから、六つ子は普通じゃないって何度言えばわかんだ!」たぶん、彼らは喧嘩の最中にこんな会話をしていた、と思う。
お兄ちゃんはわたしを路地裏の奥まで連れていってビール瓶の入っていただろうP箱をひっくり返すと軽くはたいて座らせ、「兄ちゃんお友達と遊んでくっから、ちょーっと待っててな?」とにっこり笑った。うん、と頷けば頭をぐりぐり撫でられる。そこからはもうお兄ちゃんが一発も食らうことなく、わたしの目の前で人でも殺すような鋭い瞳と勢いで、その"お友達"を全員殴り倒した。あっという間の出来事だった。


「名前ちゃーん、怪我してねえ?」


わたしはというと、はじめて見た喧嘩、といっても一方的なものだったけれど、拳を振るうお兄ちゃんに、完全に心を奪われていた。返り血のついた頬を拭ってにっと笑うお兄ちゃんはどこからどう見てもいつものお兄ちゃんで、でもわたしは、はじめてその喧嘩を見たことに対する高揚感だけではなく、それ以外のものでも胸を高鳴らせていたのだ。

その日からわたしはお兄ちゃんを"ただのお兄ちゃん"としてではなく、それ以上の感情で見ていた。
これが兄妹愛の延長なのか、はたまた恋なのかは分からない。けれど高校生になった今では、同級生には彼氏がいると言っているし、恋愛話をするときはお兄ちゃんを思い浮かべながら話すし、お兄ちゃんとデートだってキスだってセックスだってする。だからきっと限りなく後者に近いのだろう。
でもお兄ちゃんはちゃんと告白だってしてくれたし、妹としてのわたしも、恋人としてのわたしも大切にしてくれるから、それが家族だからとか兄妹だからとか、近親相姦がどうのって、わたしにとってはどうでもいい話だ。
ただひとつだけ言えることは、あの日喧嘩を見せてくれたのがお兄ちゃんではなく他の兄さんたちだったら、わたしはあんな感情は抱かなかっただろう。そこに明確な理由があるわけではないが、これだけは断言できる。でもまあ、わたしはお兄ちゃんが好きで、お兄ちゃんもわたしのことが好きで、それならべつに、あとのことはどうだっていい。


「おにいちゃん」


自分でもひどく甘ったるい声だったと思う。
「おにいちゃん、すき」撫で上げるような、誘っているようなその声に、お兄ちゃんはまたいやらしく口角を上げたあと、もう一度わたしに口付けた。今度は触れるだけのものだった。


「いいねぇ、その"お兄ちゃん"っての」


「そう?」


「ん、だって背徳感あってきもちーもん」


名前も好きだろ?
それに答える前に、今度はわたしからお兄ちゃんの唇にかぶりついた。さっきお兄ちゃんがしてくれたように上唇を挟んで、舌を絡めとる。でもやっぱり、お兄ちゃんのほうが何枚も上手だ。はじめはわたしがそうやっていたのに、すぐにぐちゅり、と粘着質な水音が響いて舌を吸われた。それをきっかけにだんだんまたされるがままになってきて、下半身に熱がたまってく。下着が湿っているのも分かる。
でも、それはお兄ちゃんも同じみたいで、下着とスウェットを通しても分かる、熱をもった固いものを、すでに湿りはじめていたそこにぐり、と押しつけられた。


「…ん、だめ。今日はチョロ松兄さんもいるから」


「いいじゃん。兄ちゃんそーゆーのも好きよ?」


「もう。チョロ松兄さん、わたしたちのセックスなんて見たら失神しちゃうよ」


「気づいてないアイツが悪いと思うけどなあ?」


「こら、どさくさにまぎれて脚触らないの」


黒いプリーツスカートをめくりあげて内腿に添えられる手を軽くぺちんと叩く。たいして痛くもないのに叩かれた手をひらひらと振ってみせられて、「そんなに強くしてないもん」とその手をとって頬をすりよせてから、ちろりと舐めれば、「っこんの煽り上手」と、今度はセーラーの裾から手を突っ込まれて、背中を撫でられた。


「っていうか名前ちゃんスカート短くない?」


「ふつうだって。…ん、や、せなか、さわんないで、よ」


「とかいって、もう濡らしてんだろ?」


「んぁ、っ、…も、おにいちゃ、やめて、てっば、」


「んー?今日は頑固なのな、名前ちゃん反抗期?」


「だから、っ、チョロ松兄さん、」


「…ま、たしかに、こんなにやらしー名前、チョロ松には見せらんないわな」


「っ、はぁ、」


「ちぇ、しょーがねぇの。かわいい妹とのえっちはまた今度かぁ。…あ、なら痕つけさして?」


「…ん、いいよ」


「おっしゃ」


頬にあてていた手を離せば、お兄ちゃんは迷うことなく胸元のフックと赤いスカーフをしゅるりと外し、そのまま限界までセーラーを引っ張って広げると、下着をずらしてそこに食らいついた。今日は胸なんだ。そのままちう、と吸い上げられて思わずまた声が漏れる。「んぁ」「ん、もういっこ」もういっこって、一昨日もつけたばかりなのになあ。でもお兄ちゃんはなるべく下着で隠れるところにつけてくれるから、幸い家族や友達にも見つかったことは一度もない。まあ見つかったとしても彼氏だと言えばいいのだけれど、なにしろお兄ちゃんは嫉妬深いから、きっと誰もわたしに痕をつけたのが実の兄だなんて思わなくて、どんな人だろうと家族や友達の想像で生まれたその"彼氏"にだって嫉妬するのだ。そういうところも含めて、わたしはこのお兄ちゃんが好きで好きでたまらない。


「じゃ、俺トイレで抜いてくっから」


結局"もういっこ"なんてうそばっかり。
満足したらしいお兄ちゃんは顔を上げて、わたしの口元についている唾液を手で拭ってくれた。それを聞いなんとか足に力を入れて立ち上がってお兄ちゃんの上からどく。と、今の今まで座っていたそのお兄ちゃんのスウェットに染みが出来ているのを見て、「あー、ごめんね」と謝れば、「うわ、いますっげえ勃った。これしばらくオカズにしていい?」なんて聞かれて、思わず笑ってしまった。


「もう勃ってるでしょ」


「そうですけどー」


たくさんつけられたであろう赤い痕を隠すように下着をととのえて胸元のボタンをとめながら、くすくすと笑う。それを見たお兄ちゃんはがしがしと頭をかいて、立ち上がった。


「ったく、ここまできておあずけとか、名前も相変わらずひっでえの」


「妹で童貞卒業したお兄ちゃんが言えたことじゃないよ」


「よがってたくせに」


「うん、お兄ちゃんとするの、気持ちいいから好きだよ」


「えー、好きなのは兄ちゃんとのセックスだけ?」


「そんなわけないでしょ。お兄ちゃんのことも大好き」


「おうおう、俺も好きだかんな」


一度立ち上がったけれど、やっぱりまだ上手く力が入らなくてぺたりと座り込んだわたしの頭に、お兄ちゃんは軽くキスをおとす。


「じゃ、あと頼むわ」


「はあい」


ちょうど、チョロ松兄さんが台所に入ったと思われる足音を聞いて、お兄ちゃんは居間を出ていく。
さて、わたしはチョロ松兄さんに気づかれないようにしなきゃ。きっと麦茶だけだからすぐにここに来るだろう。さっきお兄ちゃんにほどかれたスカーフをまた胸元で結び直して、スカートを整える。


「あれ?名前、おそ松兄さんは?」


整えた直後、居間にお盆に麦茶を並々とそそいだコップをのせてチョロ松兄さんが入ってくる。


「お兄ちゃんならお手洗い行ったよ」


「そう。…って、まだ制服なの?お菓子も用意しておくから、早く着替えてきな」


「はーい」


今日のおやつは大福だって言ってたよ。全部で10個あるから、名前はふたつね。
やったぁ、チョロ松兄さんありがとう。早く着替えなくちゃ。
いつものように、にっこり笑って居間を後にする。廊下に出たとき、横目でお手洗いに視線を向けてぞくりとからだが疼いたけれど、すぐに背を向けて階段を上った。わたしからやめたのに、最後までしたかったなんて言ったら、今度こそチョロ松兄さんにバレちゃう。


「(…でも、)」


わたしは胸元に点々とつけられたそれを制服越しに撫でながら、ひとり、このからだにこもった熱をどうしてやろうかと小さく笑った。