※リモコンif/高尾と恋人同士のまま四天へ進学した設定
※夢主は2年生。
※夢主の抜粋でかわいらしいマネージャーが2、3人入ってる。





「名字、何してんねん」

財前くんの声にびくりと肩を揺らして振り返れば彼は眉根を下げて怪訝そうにこちらを見ていた。な、なんで!選手はまだ練習のはず!急いでグランドを横目で見るけど、白石さんや謙也くんも他のマネージャーからドリンクを受け取って喉を潤しているようだった。いつの間に休憩なったんだろうか。全く気づかなかった。

「やっぱ体調悪いんか?」

「え!?なんで!?」

「お前朝からそわそわしとったし、後輩が体調悪いんとちゃうかって。それに仕事忘れるなんて相当やで?」

練習中も上の空やったしな。謙也さんも気にしとったで。
財前くん言われてなんだかいたたまれなくて、仕事を忘れてしまって後輩に押し付けたみたいになってしまったことも自分だけそわそわして正門の方を気にしてたり、もうなんというか、体調不良なんてそんな大層な理由でもないし、本当に情けない。これが幸せぼけとかいうやつだ。あれ、違うか。
ちらちらとこちらを気にしてくれているみんなに申し訳なくて「ごめんなさい…」と呟くようにして言ったら財前くんは首にかけていたタオルで汗を拭いたあと、「で?」と先を促すように私を見た。

「え?」

「なんかあったん?」

「な、ななななにも?なんっにもないよ!」

「ふーん…」

「…な、なに?」

「いや、名字ほど嘘がつけへん生き物はいてへんなーと」

「うそなんて!ついてないってば!」

「じゃあなんで正門のほう見とったん?」

「え!?」

「楽しそーに頬緩まして、にやにやしながら見とったで」

「べ、べつ、に…」

なんでもないわけがないのである。だけど財前くんにも謙也くんにも白石さんにも、女の子の友達で一番の美琴ちゃんにも言っていない。口が裂けても恥ずかしくて言えない。

「(和成が来るとか、絶対に言えない…!)」

そんなことになったのは今朝きた連絡が発端だった。そのメールは伝えたいことがはきっと書かれていて尚且つシンプル。意味を理解するのにも時間はかからない、至って読みやすい文章だった。故に意味を取り違えることはない。私の解釈は合っているのだけれど、あまりの突然さに思わず手に持っていた歯ブラシを落としてしまいそうだった。

『今日、そっち行くから』

差出人は中学から付き合っている和成であった。
いつ来るかも、どこに来るのかも書かれていないメールにどきりと胸が高鳴った。毎晩のように連絡をとりあっていたものの、実際に会うのは半年振りぐらいなのだ。嬉しくないわけがない。その証拠にメールを見たとき、手に力が入らなかった。どきどきで心臓がおかしくなるかと思った。ずっと和成に、会いたかった。
会えると分かってからというもの、財前くんの言う通り私の行動は挙動不審であったかもしれない。後輩に心配かけたし、みんなに迷惑をかけたかも。でも、それでも、嬉しいのだ。和成に会えることが。実際に触れられることが。
そんな自分勝手な理由で部活に支障をきたしてしまったことが申し訳なかったけど、でもやっぱり正門を気にせずにはいられない。もう一度そちらを見たけど和成の姿はなくて、なにも学校に、しかも部活をしているときに来るとは限らないのにと思い直すもやはり落胆している自分もいた。

「なんでも、ないよ」

心配かけてごめんね。
緩みきった頬を隠そうと表情筋を動かすけど財前くんの微妙な顔を見ると隠せていないのだろう。何も知らない財前くんにとってはただにやにやと気持ち悪く笑っているだけに見えるかもしれないけど、そんなことはどうでもよくなる。よほど和成に会えるのが嬉しいみたいだ。

「まぁなにもないんゆうならええんやけど。てっきり彼氏が会いに来るやと思たわ」

「………そ、そんっそっ、そんなわけ、ななな、なな、い、じゃん!」

「…………は、」

一瞬だけど、息をつまらせた。正門のほうを向いてドリンクを飲んでいた財前くんが、勢いよくこちらを向いた。あ、間抜け顔。って、そうじゃなくて。
それとほぼ同時に私も勢いよく下を向いた。風を切る音が聞こえるぐらいに、それは素早く俊敏な動きだったと思う。やばい、ちょっと焦った。何も言わない財前くんの無言の圧力をどうにかかわそうと、ちょうど足元に落ちていたテニスボールを拾って絡みついた草をとる。手は少し、震えていた。
表情には出さないように平然を装うけど、脳内は危険信号を発令している。それも赤。どくどくいってる心臓は脳から発せられている危険信号を無視して次から次へと血液を体中に回すもんだから、ちっとも落ち着きやしない。とりおわった草を丸めて捨てて、手元にはきれいなボールが残った。ふっと息をついてから覚悟を決めて顔を上げれば、案の定まだ財前くんがこちらを見ていた。驚いたような、だけどどこか確信したような表情で「なぁ、」と一言をもらす。

「ざ、いぜん、くん」

ぴしりと体が固まってしまって、思うように動かせない。真剣みを帯びた瞳から視線を逸らすこともできない。手に持っていたテニスボールが、ポンと音をたてて土に落ちた。

「なぁ、ほんまなんか?」

「え、」

「彼氏、いるんか?」

どくどくどく。さっきとは比べ物にならないくらいの早さで心臓が大きく動く。
だんだんとこちらに向かって歩いてくる財前くんから逃げたくて、でも視線は逸らせなくて、結局無理に体を動かして後退りするしかなかった。
ざくり、と土を踏む音が耳についた。それは私の足音かもしれないけど、財前くんのそれに聞こえて追われているような錯覚を生んだ。
私の後退りと財前くんの一歩は歩幅が違うのは当たり前なのだから、どんどん距離をつめられて、ついに背中に冷たくて固い感触が当たった。その冷たさにはっとなってコートを見たけれど、こちらからも向こうからも死角になっているらしくて見えやしない。大声を出して助けてもらおうにもそれだと大事になって和成のことがばれてしまうかもしれない。それだけは嫌だ。そんなことになったら、恥ずかしすぎて卒倒してしまうだろう。どうしたもんかと頭を悩ましていると、ドン、と嫌な音が響いた。

「名字、」

「っ、」

顔の横についた手に、逃げ道を塞がれる。
視界には私の靴と、財前くんの練習靴が至近距離で映っていた。

「彼氏いるんか?」

「えっと…」

「はよ答えや」






「何してんの」



不意に、聞き慣れた、だけどどこか低い声が聞こえた。え、と私が何か言う前に財前くんの手どけられて、視界に映っていた練習靴もなくなる。その代わりに練習場には似合わない、黒い靴が見えた。一瞬誰だか分からなかったとか、そんなことを考える余裕もなく一瞬で理解する。例え靴だけしか見えてなくても、声が、存在感が、私の全てが、その人は最愛の人だと物語っていたのだから。
ゆっくりと足元から順に視線を這わせながら顔を上げていき、目の前に映った大きな背中に涙が溢れそうになる。

「なんや、あんた」

「そっちこそ、俺の名前にさわんないでほしいんだけど」

「は?」


「っ、和成っ…!」

今まで胸にためていた言葉が、息を吐き出すのと同じくらい簡単に出た。ゆっくりと振り返って優しい笑みを浮かべた和成は、そのまま手を伸ばして私を抱き寄せた。

「名前」

すん、と鼻を掠める匂いが変わっていなかった。それだけであんなにどくどくとしていた心臓が落ち着いて心地いい。「和成、」もう一度小さく名前を呼ぶ。それに応えるように力が込められる腕に愛しさを覚えた、ところだった。

「…名前、?」

気がついたときには謙也くんと白石さんが驚いたように和成の腕の中に収まる私を見ていて、自分の状おかれた状況をいち早く理解した私はまるで氷河期に放り込まれたように顔を青ざめたのだった。









「どうも、高尾和成でーす」

ずいぶんと間延びした声がだったように思える。いや、私がそう思っているだけだろうか。とにかく和成はあの輝かしい笑顔を振り撒いて謙也くんと白石さんに自己紹介をした。私の手を、握りながら。

「名字の彼氏、さっさと手離しぃや。見苦しい」

「名前がお世話になってます!」

「………」

「ふ、二人とも…」

そして初対面のはずの二人はお互いに機嫌がよろしくないようで、財前くんにいたっては舌打ちまではじめてしまった。
和成もそれなりに笑顔だけれど、その笑みに含まれているであろう数々のそれに、不謹慎だけれど、愛されてるなぁなんて思ってしまう。肩にかけられた少し大きめの鞄に、私に会うために荷造りしてきたのだろうかと考えるだけで天にまで昇れそうだ。比喩とかではなく、本当に、それほどまでに嬉しくてたまらない。

「名字さん彼氏おったんやな、知らんかったわ」

「頑張って隠してたんです、恥ずかしくて…」

「まぁ頑張っても無理っちゅー話や」

「え?なんで?」

「なんでもなにも、夜になると長電話しよるしメール見てにこにこしとるし、逆にいてへんっちゅーほうがおかしいやろ」

「え、名前そんなに喜んでくれてたの?やばい、めっちゃ嬉しい」

「い、言わなくていいよ!謙也くん!!」

ぶわわっと沸騰したように赤くなってこれ以上恥ずかしい思いはしたくない!と謙也くんの口を塞ごうとすれば、ぐいっと握られていた手が引っ張られた。いきなりのことでバランスを崩しそうになったけど、踏ん張ってなんとか持ちこたえた。

「…和成?どうかした?」

「んー?なにが?」

「え、だって今、」

「それより名前、部活何時に終わる?待ってていい?」

「あ、うん、でももう少しかかるかも…」

「あ、名前は今日早退の予定やったし、帰ってええで」

「謙也くん!」

またいらんことを…!拳を握って今度はきっと睨みつけるようにして見れば、「か、堪忍堪忍」と苦笑された。恥ずかしくて卒倒、の前に泣いてしまうかもしれない。
続けて白石さんが部室にあったはずの私の荷物を手渡してきて、私はいつでも帰れる状態になってしまった。もう和成に会えたんだから早退の意味もないのになあと考えながら、ちらりと隣にいる和成に視線をやる。相変わらずの整った顔立ちに静まったはずの心臓が再び音を立てた。

「ほな、名字さん、彼氏と仲よおするんやで」

「白石先輩まで!やめてください!」

「はは、あんまり名前いじめんなや。……財前?どないしたん?はよ行くで」

「……」

「…財前くん?」

それまで私たちのやりとりを黙ってみていた財前くん。てっきり「リア充とか意味分からんっすわ」とか言って不機嫌なだけかと思っていたが、どうやら違うらしい。真っ直ぐとどこかを見ている。なんだと視線を追えば、私の隣に立つ和成にたどり着いた。同じく和成もなんだか真面目な顔をしていて、いつもの和成じゃないみたいだった。なんでこんなに仲悪いんだろう、この二人。今日が初対面のはずなのに。

「…あんた、」

「ん?」

先に口を開いたのは財前くんだったけど、何か言おうとしてまた口を閉ざしてしまった。「財前、言わへんと伝わらんよ」言葉を続きを促すようにして言ったのは白石さんで、その表情はとても穏やかだった。いつしか謙也くんが財前くんはよく口が悪いとか言われるけど、本当に言いたいことはそう言うことのできない子だと言っていたのを思い出した。きっと何か、言いたいんだ。だから和成、待っていてくれないかな。そういう意味をこめてぎゅっと手を強く握るけど、和成は握り返さない。でも和成は人を傷つけるような人じゃないから、きっと大丈夫。
私もみんなも、財前くんの言葉を待つ。今までの経験上それは長時間なのだけれど、今回ばかりは違った。唐突に、少し大きな声で、財前くんは口を開いた。

「俺の親友、泣かせたら許さへん」

それだけ言って財前くんはぱっと踵を返し、私がさっききれいにしたテニスボールを手にとってコートへ走っていってしまった。
「んなこと、わかってるし」隣で呟かれた声にも反応できなかった。だけど、私にとってあまりに衝撃的すぎる言葉に何も言えないで固まっているのは、どうやら私だけのようだ。

「いやー、財前も成長してくれて嬉しいわー」

「せやな、面と向かって名字さんに親友や言えたしな」

「ほんまによかったわ。…あ、じゃあお二人さん、お幸せになー」

「明日は部活も休みやし、ゆっくりしぃや」

「ありがとうございまーす!」

流れるように会話が進んで、気がついたら謙也くんも白石さんもコートに向かって駆けだしていた。途中で財前くんの肩に腕を回していたりしてじゃれてる様子を見ていたら、再び頭の中で財前くんの言葉が繰り返される。
親友。私と財前くんが、親友。そう思っていなかったわけじゃないけど、財前くんはそういうのめんどくさいとかはないにしろあんまり好きじゃないっていうか、なんか、そんな風に考えてたからそんなこと言われるなんて思ってもみなくて、すごくびっくりした。
と同時に、驚きと同じくらい嬉しさも込み上げてきて頬が緩んでしまった。

「なぁ、」

「うん、なに―――」

だから、和成の動きなんて頭から抜けていたんだ。視界にいっぱいなる和成の顔と唇に触る感触に数秒遅れて目を見開いた。いきなりのことで慌てて体を引こうとするけど、私の動きが分かっていたかのようにぐいっと腰を抱かれて引き寄せられる。余計に体がくっついて目のやり場にも手のやり場にも困って、でも頭はそんなことを考える余裕もなくて。きっと気をつけていても今のは防げないし拒まないのだけれど、いきなりするのは心臓に悪いからやめてほしい。

「っは、」

息を吐き出すのに口を離せば、数秒もすないうちにすぐにまた塞がれる。ん、と声を漏らしたら今度はすぐに離された。
荒い呼吸を繰り返す私に、和成も吐息混じりの声で言葉を紡ぐ。

「手、」

「…っ、え…?」

「手、こっちにして」

和成の背中に滑らすようにして手をまわしたあと、きゅっと服を握りしめる。

「…名前、」

「ん、」

「心配した」

「なんで…?」

「なんでって、壁に追いやられてたし、ほんっとに焦ったんだけど」

「ご、ごめん、でも財前くんは、んぅっ」

「…っは、他の男の名前なんて聞きたくないなー」

「だ、だからってキスしなくてもっ…」

するりと伸びてきた手が横に垂れる髪をすいて耳にかけた。「名前、好きだ」ああもう、その言葉だけで私は何もいらないのに。
和成はまた、私を力強く抱き締める。

「名前は俺んのだからな」

「わ、わかってるよ」

「今日、泊まってってもいいよな?」

「もちろん大丈夫!」

髪をすいていた手がゆっくりと頬に下りてくる。その手にそっと触れて「というか、はじめからそのつもりだったんでしょ?」と言えば、和成はにっと笑みを浮かべて「へへ、まぁそうなんだけど」と得意気に笑った。

「荷物持つよ」

「え!いいのにこれくらい!」

「へーきへーき!部活で鍛えられてるし!」

「でも、」

「久しぶりに会ったんだし、いいとこ見せたいっていうかさ、な?」

そのまま「よっと」と荷物を持って正門に歩き出した背中を見て、それまで堪えていた笑みが一気に溢れた。どんな男の子よりも、私の中では和成だけが輝いていて、笑っていて、私を待っていてくれて。
大輝やさつき、謙也くんも財前くんも白石さんも美琴ちゃんも、みんな私を待っていてくれるけど、並んで隣をずっと一緒に歩いてくれるのは和成だけなんだ。

「名前ー、早く行くぞー」

「うん!」

ほら、君はいつも私が追いつくのを待っていてくれる。隣をずっと空けておいてくれるんだ。短時間でこんなにも胸が温かくなるのは、和成だけだよ。和成だから私は好きになったんだよ。なんて、恥ずかしく絶対に言えやしないけど、それでも満たされるこの思いをどうにか伝えたくて、

「……ほんと、すきだよ」

私だけに聞こえる声で、私だけに言い聞かせるように、私は小さく呟いた。
夏に入る前の、大会がはじまる前の、いつとも平均気温も湿度も夕焼けも月の満ち欠けさえいつもと変わらないそんな日だけれど、和成がいるだけでこんなにも変わるって気づいてないんだろうなあ。

春先に比べたら大分蒸し暑くなったこの季節に、和成の背中を追いかけて私は駆けだした。




(蒼い世界に君とふたり)


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リモコンifで高尾と恋人同士のまま四天へ進学し、四天メンバーと絡む。
悠希さまよりリクエスト。

パラレル設定だし書きたいこと詰めよう!とか思ってたら高尾の口調掴めないし収集つかないしで、長文になってしまいました……遅くなってしまってすみません…!

財前くんは親友なのに彼氏云々を話してくれなかったから拗ねてしまったという裏設定



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