「俺のパンツ知りませんか!」

「……は?」

突如響き渡った声に、体育館にいた全員が動きをとめた。訳がわからないといった顔をする者、突然のことに言葉が出ない者、吹き出してしまいそうになるのを必死に堪える者。言っている本人は至極真面目な顔をして勢いよく開けた扉を、高校生にしては細い手で全開にまでしている。
全員といってもそこにはバレー部しかいないのだけれどそれでも体育館中に響かせる声を発した張本人である日向は、まるでこの中に犯人がいるとでも言いたげな顔をして一人一人を見渡した。

「…えっと、日向?パンツがなんだって?」

「俺のパンツ、なくなったんです!」

「へ、へー…」

遠慮がちに声をかけた旭が日向の真剣な眼差しに思わず目を反らして部長である澤村に視線を向ける。当人の澤村は眉間に皺を寄せて面倒事はごめんだと同じく視線を菅原に移す。それにつられるように、その場にいた一年もちらりとそちらを見やる。全ての視線を注がれた菅原はやれやれといった様子で、やっと口を開いた。

「パンツがなくなったって?どういうこと?」

「そのままの意味です!合宿のときあたりからないなって思ってて、数えたらやっぱり足りなくて!」

「ぷっ。パンツ数えるとかさすが変人」

「なんだとーーー!」

それまで笑いを堪えていた月島も山口も、さすがに耐えきれなくなったのか小さく吹き出した。もちろん見下したようなそれが含まれていることに気づいているわけで、日向は負けじと小柄な体で一回り以上大きな月島にくってかかる。毎度のことなので練習中以外はいつもさほど気にせずに放っておくのだが、今回ばかりは話が進まないと「ほら!日向は続き話せ!」と澤村が仲介に入った。

「で、結局合宿んときなくなったのか?」

「そうだと思ってみんなに聞きにきたんですけど…」

「いや、俺の鞄には入ってなかったぞ」

次々に「俺も」「同じく」と声が上がり、日向は少し項垂れた様子で「練習の邪魔してすみません…」と苦笑を浮かべる。

「なあ、それって盗られたんじゃね?」

と、そこで声を発したのは西谷であった。どういうことかと食らいつく日向に反して、また面倒なことになるぞと澤村は菅原と顔を見合わせる。なぜなら西谷の表情はそう、まるで面白いものを見つけたといわんばかりに興奮しきった顔であったからだ。

「翔陽のパンツは合宿んときから見当たらねぇんだな?」

「は、はい!そうです!」

「その日は休日だったけど学校自体は開いてたわけだし、清子さんがいないのを見計らってヤツは日向のパンツを奪い取った!!」

「お、おお!でも動機はなんですか!?」

「最近日向は試合で活躍しはじめてるだろ?そんなお前のプレーを見て惚れちまったヤツがいんだよ!まずはパンツをとってお近づきになろうって寸法だ!」

「おっ…おれのこと好きな子が…おれのパンツを…!」

「照れるとこおかしいだろ」

ふんぞり返って自分の仮説を話す西谷に、「ノヤっさんすげー!」と田中は拳をつくって目を輝かせた。ため息すらもでないといった面持ちの他のメンバーは、各々練習に戻ろうとボールを手に取り直す。下着類がなくなったことはそれなりに思うことはあるだろう。誰かに盗られたのなら尚更。けれど日向の下着がそういった盗難にあっているとはどうにも考えられないのだった。澤村はいまだに顔を赤らめながら恥ずかしそうに、だけどどこか嬉しそうに足元を見ている日向を見やる。万が一にも、限りなくないものに等しいけれど、もしそういったことになってしまっていたのなら。例えそれが自分に好意を抱いている人でも、それは許されないことになる。可能性が低いにしても澤村はそんなことに大事な後輩を巻き込みたくなかった。きっとこれは、故意に起こった事件ではない。そう、いうなれば事故なのだ。きっと誰かが合宿の際に誤って鞄に詰めてしまったに違いない。そうあってほしいと、日向を余計なことに巻き込みたくないと、なによりこれ以上事がややこしくなる前に、澤村は手を打たなければならなかった。

「ほ、ほんとにそうですかね…?」

「おう!間違いねぇよ!今度校舎裏にもう一枚吊るしてみたらどうだ?」

「え!パンツをですか!?」



「……大地、」

「わかってる…」

こんなにも頭を回転させたのは久しぶりかもしれないと、澤村はどこか頭の隅で考えながらうまい具合に練習へと戻させる方法を絞り出す。そしてふと気がついた。影山がいない。

「…あ、」

そのこととほぼ同時に、澤村は全てを丸くおさめる素晴らしい手を思い付く。
そのことが原因で、これからどんなに恐ろしいことが起こるともしれずに。

「下着がなくなったのって、影山が原因じゃないか?」

「……え、それって影山が俺のパンツ盗ったってことですか…?」

「違う、そうじゃない。考えてみれば、影山は合宿のとき日向と同じ部屋だっただろ?寝ていた位置も、鞄を置いていた位置も比較的近かったと思う」

「た、たしかに」

「影山の鞄にあるんだよ、日向の下着は」

それが妥当な考えですね、とどこからか同意の声が上がり、澤村は助かったと胸を撫で下ろした。西谷と田中は面白くなさそうに口を尖らせていたが、しばらくすれば周りと同じく同意をするように首を縦に動かした。
ちらりと日向を見やると、二人同様しばらく考えて納得がいったのか「そういえば、影山が持ってるかも」と力強く頷いた。
そんな様子に菅原と顔を見合わせ、全てが解決したかのようにも思えた。最後の日向の確信めいた言葉は気になったが、澤村にとってはどうでもいい話だ。早く練習ができればそれでいい。軽く手を叩いて「お前ら練習戻るぞー」と言えば、彼らは返事をしながら元の場所に戻っていく。それを見届けながら澤村も元の場所へ、戻るはずだった。
扉近くを通ったとき、それが音を立てて開き、視界に黒髪が揺れた。

「こんちはー」

「お、影山。委員会お疲れさま」

「うす。…あ、おい日向ァ!」

ぴたり、と、その場の何人かが動きをとめて影山を見る。体育館に入ってくるなり影山は鞄から一枚の布を取り出す。

「これ!俺ん家に忘れてっただろ!」

「あ!俺のパンツ!!」

練習場所へと戻りかけていた日向が行き先を変えてこちらに寄ってくる。澤村の仮説が事実となった瞬間であった。影山の家、というのは多少違ったが、結果的に影山が持っていたのだから変わりはしないだろう。それにしても、二人は泊まりに行くほど仲がよかっただろうか。まあ今となってはどうでもいいことなのだけれど。微笑みながら日向に「見つかってよかったな」と言えば、満面の笑みで「はい!ご心配おかけしました!」となんとも言えない返事を返された。
さて、練習に戻るか。先程よりも晴れた気持ちで澤村が歩き出したとき、それは起こった。厳密に言えば、聞こえてきた会話に思わず足をとめてしまったのだ。

「っていうかお前、なにキャプテンに心配されてんだよ」

「だってパンツ見当たんないから、ちょっと先輩たちにも聞いて…」

「はあ!?それって練習の邪魔したってことかよ!信じらんねー!」

「な、なんだよ!もとはといえば影山が悪いんだろ!さっさと脱げって急かすから!」

「お前がちんたらしてたからだろ!俺が脱がすっつったのに嫌がったのお前だし、第一脱いで枕元置くってどうなんだよ!どう考えても邪魔だろ!」

「べ、べつに嫌がってたわけじゃ…!でも結局影山が我慢できなくてどっかやっちゃったんだし、俺のせいじゃないってば!」

「あれほど忘れもんすんなって言ったのに…。ほら、洗濯してやったんだから早く受け取れ!」

「あ、ありがとう!」



「……………………」

聞こえてきた会話は、まるで地球に隕石が落ちてきたかのような衝撃を澤村に与えた。
その後二人は何食わぬ顔で仲良く、それはいつものように笑顔でコートへ走っていったわけがだが、澤村にとってはそれこそどうでもいい話だった。

「大地?どうかしたか?」

「いや…、なんでもないわ…」

溢れんばかりの日の光が周囲の木々に遮られながらも、心地よい風と共に体育館の小窓から室内に流れ込む。もうすぐ夏がくる。日向と影山の連携が要になるのだから、仲がいいにこしたことはない。だけど、なんかなあ。

「はは…先が思いやられるよ…」

大会に備えて練習をする部員に澤村はただ、誇らしいのと同時になんともいえない複雑な感情を抱いたのだった。


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白丸さまよりリクエスト。

ギャグって…なんだ…



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