そのときわたしは家族揃って祖父母の家へ行くために三門市を離れていて、近界民による襲撃の被害を直接受けずにすんだ。事態が落ち着いた頃にそのことをニュースで知り、安全を確認してから急いで三門市にある自宅に戻れば慣れ親しんだ我が家はすでに原型をとどめてはおらず、それを"自宅"だと呼ぶことはできない状態だった。
それもそのはず、私の家があった辺りはいちばん大きな被害を受けた地区らしく、同じように家を壊された人たちがやり場のない思いを取材に来た人たちに吐露しているのを何度も見かけた。私もそのひとりだった。けれどだからといって当時ただの女子中学生だった私にできることといえば少なく、近界民が相手となってしまえばどうすることもできない。それが悔しい。何もすることができないという虚しさに苛まれたあの日々はたしかに本物だ。

けれど人間慣れとは怖いもので、家を壊した近界民が許せないというその気持ちさえ忘れなければそれでいいと、どこかで区切りをつけてしまったときだ。あの日を境に連絡がとれなくなっていた私のたったひとりの幼なじみに連絡がついた。家族ぐるみの付き合いをしていたからお母さんやお父さんも連絡がとれてよかった、と胸を撫で下ろして、また近界民がやって来る前のように戻れると、全て元通りになると思っていた私はきっと、大馬鹿者だったに違いない。


「俺は、ボーダーに入る」


再会した秀次は、私をぎゅっと抱き締めて「…生きていてくれて、ほんとうによかった」と呟いたあと、たしかな声で、そう言った。

思えばこのときから私と秀次には埋めることのできない大きな溝ができていたのかもしれない。
秀次がお姉さんを殺した近界民を恨み、その復讐を遂げるための手段を考えている間、私は近界民を許すことはできないけれど その気持ちさえ忘れなければいい、だなんてあまっちょろいことを考えていたのだから、どうしようもない。私たちは根本的な何かが違っていて、近界民を恨む思いからボーダーに入った秀次と、家や平穏を壊されたことが許せないと建前をたてて秀次が私の知る彼ではなくなってしまうのが怖くてボーダーに入った私では、きっといつかこうなってしまうのではないかと思っていた。


「俺たちは、同じだ。」


違う。私たちは何も同じゃない。


「俺もお前も力をつけて、A級にのしあがり、この手で近界民を殺す。」


違う。私は近界民を殺したいんじゃないの。


「…お前のことも、俺が守ってやる。」


違う。私は秀次に守ってもらえるような人間じゃない。


「それから こんなこと、ボーダーに入るなら仕方のないことかもしれないが、…頼むから、できるだけ危険な真似はしないでくれ」


違う違う。私はそんなこと言ってもらえるような人間じゃ、


「名前、」


お願い秀次。もう、何も言わないで。



この頃から、私は秀次の顔をまともに見ることができなくなっていた。



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