「名前ってば、やたらと室町に詳しいんだから」


不意に、友人に話しかけられた。

授業の終盤になるとそれまで眠っていた生徒が顔を上げはじめ、それまでに黒板に書かれた内容を授業内にノートへ書き写してしまおうと躍起になるもそれは叶わず、何人もの生徒が携帯でパシャリ、と黒板を写真におさめて席を立っていく。日本史を担当していた先生も次の授業の準備があるらしく、少し早めに教室を出ていった。そんな光景を横目に見て、私もさっさとノートや教科書やらを鞄に詰め込んで授業で疲れきった頭に糖分を送るべくチョコレートを口に放り投げた、そのときだった。


「また当てられてたわね」


ガラリ、と隣の席に中学からの腐れ縁である友人がイスを引いてそこに腰かける。座ってから「腹立つくらいに日本史に強い名前ちゃーん」なんてにやにやしながら私の貴重なチョコレートのつまった袋へ手を伸ばすものだから、「だーれが腹立つ名前ちゃんだって?」と少しだけ袋を遠くへ移動させればその友人はむすっと頬を膨らませながら「はいはい、ごめんってば」と強引に私からチョコレートをかっさらっていった。


「っていうか、私別に日本史に強いわけじゃないから」


「あぁ、あんたいっつもそこだけは訂正するよね。詳しいのは室町だけだって」


「だって本当のことだし」


「ねぇ、前から気になってたんだけど、」


なんでそんな、室町に詳しいわけ?


「…さぁ、なんでだろうね」


「ちょっと、はぐらかさないでよ。答える気ある?」


「ん、あんまりないかな」


「なによそれー」


教えてくれたっていいじゃない、と再びチョコの包み紙を開こうとする彼女の手を軽く叩く。これ以上彼女にくれてやるチョコはない。私の意図が伝わったのか、やっぱり不機嫌そうに「けち」とこぼしたけれど気になんてしない。それは私の甘味なんだから。


「…きっと、言ったって分からないから」


「え?なに?」


「ううん、なんでもない」


私がどうして日本史の、しかも室町時代にやたらと詳しいのかと質問をした彼女だったが、それに対してそこまで興味があったわけではなかったのか はたまた既に他の物事に目移りしてしまったのか、彼女はとても気まぐれだからどちらかは分からないけれど「それより、次の英語なんだけど、」と他の話題を持ち出してきた。話そうと思ってもそう易々と話せる内容でもないし、なにより信じてもらえる自信がない。だからきっと、あのときの記憶は私の中で留めておかなければならないと、そうでなければないとならないと思う反面どこかでこの記憶の共有者を探したいとも思ってしまう。私がこうして記憶を保持しているのなら、誰かしらきっと、私と同じように。


「名前?どうかした?」


「…なんでも、ないの」


それがもし彼であったのなら、なんて、都合がよすぎるだろうか。




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