9月といってもまだ残暑の厳しい連日、いくら中間試験を目前に控えた日本史の授業だとしても、残暑を紛らわすための冷房や先生によって並べられる難しい言葉の羅列に誘われて、毎回大半の生徒が眠りに落ちていた。他の授業と違って日本史などの暗記系科目は試験直前に詰めこもうとする生徒が多いために、私のクラスでは日本史の授業はかっこうの睡眠時間と化している。今日もそれは例外ではなく、この私が座る窓側のいちばん後ろの席から教室全体を見渡せば、隣に座る友人や、成績があまりよろしくない彼、何度もクラスでいちばんをとっている彼女でさえ目元を擦っているのが目に入った。さらにいえば私も例外なく、この授業はいつも睡魔に襲われる。けれども、最近は少しばかり考え事が増えたせいか、今月に入ってからはまだ一睡もしていない。

手元の教科書の、室町時代の出来事をまとめた数十ページ。そのうち だんだんと戦が増えていったという事実がまとめられた後半のページの、B5用紙の約6分の1ほどのスペース。そこには、当時女性にしては多くの戦場を駆け巡った、ひとりの忍者の一生がまとめられていた。


「―――――では、名字」


先生の少し大きめの声に何人かが体を起こし、私のほうを見た。先生はにこにこと笑いながら「女忍者である名字名前はこの戦争でどんな功績をおさめたか、わかるか?」と私に質問を投げかける。
この先生は滅多に生徒を当てたりしないのだが、最近私が起きているから少しご機嫌のようだった。元々起きていた人や先生の問いかけによって目が覚めた何人かの人が、私のほうを見ながら「ご愁傷様」とでも言いたげな顔をしているのが面白かった。


「彼女は、数年前から敵の城内にスパイとして侵入しており、主君からの命令をただじっと待っていました。そしてその命令に従い、その城の主や側近たちにとどまらず それまで仲良くしていた侍女や自分に支えいた部下までを皆殺しにし、それまでの戦での戦闘方法に革命を起こしました。」


「正解だ。名字はやたらと室町に詳しいからな。次の試験は余裕だろう」


完璧な答えに満足したらしい先生は、再びみんなのほうを向くと授業を再開させる。
私もそれに倣って教科書に視線を落とし、そして、人ひとりの一生を語るには短すぎる何行かの文字の集合をそっと指でなぞった。


「(…答えられて当然じゃない)」


だって、そこに書かれている女忍者『名字名前』は、紛れもなく私自身のことなんだから。


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