※南倉でカイジ2パロ
柵を隔てた先に広がるフロアには南沢さんがいた。自分の周りは柵によって囲まれていて、周囲に腹を空かせた獣がこちらを食わんとばかりに睨んでいる。南沢さんの手元には三つのボタンがあった。
『さぁ、挑戦者はどちらを選ぶのか!?』
自分の命か。恋人の命か。
それを選ぶ権利は俺にはない。ただ南沢さんがボタンを押すのを待つだけ。
「…倉間…」
「2を押してください。俺の解放ボタンは2なんで」
急かす俺に狂いに狂った観客共が歓声を上げる。
笑ってられるのも今だけだ。南沢さんは2を押してくれる、と思う。だけどそれは俺の番号ではないのだから、面白い話だ。
「俺を、助けてください」
悲劇の恋人を装って先輩に2を押させて、あとは自分が食われる。シナリオ通りに動く自信はあった。横目でモニターに映った1を見つめる。
つまり俺は3分の1の確率で助かるが、先輩は3分の2の確率で助かるんだ。早く、2を押して。
『挑戦者よ!ボタンを押してください!』
司会者の声が響く。仮面の下でそれは醜い顔をしているんだと思ったら、今朝食べたものを吐き出してしまいそうだった。もう一度念を押すかと前を向けば、冷や汗をかきながら思考をめぐらしている先輩が視界に入る。
「篤志さん、お願い」
何も迷うことはないんです。
「…分かったよ、典人」
南沢さんの手が真っ直ぐに2へ向かう。観客が待ちわびていたように身を乗り出して南沢さんを見つめた。辺りがスローに見えて、なんだか気分が悪い。
ガシャンッ
「……………え?」
自分でも驚くほど間抜けな声が出た。急に手足が軽くなったと思えば、地に落ちる手足の鎖。獣との間に隔てられた柵は残っていて、代わりに反対側の柵が開く。
南沢さんは、1を押していた。
「なんで…!」
南沢さんに獣が迫る。
「なんでもくそもねぇよ」
肩で息をしているのはお互い様。柵のところまで駆け寄ってそれを力強く掴む。さっきよりも大きな音を立てるが、壊れはしなかった。
「お前の下手な芝居に騙されるわけねぇし、自分から死に急ぐことだって分かってた」
「お願いって言ったじゃないですか!!」
「あー、最後のあれはそういう意味もあったんだ」
「早く、早く逃げて南沢さん…!」
「典人」
唸る獣が大口を開けたとき、南沢さんはゆっくりと微笑んで、
「愛してる」
ぐしゃりと何かが潰れた音が響いた。拍手と喝采を送る観客と最後の盛り上げをする司会者。
先輩はもう、どこにもいなかった。
「あつ、しさ…」
「倉間さま」
背後から近寄ってくる男に無理矢理立たされる。目の前で先輩だったものが係によって片付けられ、観客はにやにやとこちらを見ていた。どうして1って分かったのとか、なんでお願い聞いてくれないのとか。悲鳴や奇声や怒号すらも上げられず、ただ過ぎていく時を体に刻みながら俺はなすすべもなくただ呆然とする。
「倉間さま、賞金の300万にございます。」
出口はあちらです。次のショーの準備がありますので、お早めにご退場ください。
なんとも丁寧な説明をしたあと、男は踵を返した。その男にしがみついて南沢さんを返してって泣いたりしても結局先輩は帰ってこないんだって何故か頭で理解していた。
「はっ…」
近くの台に置かれた300万の束はまるで南沢さんの代わりだというように悠然としていて、
「…いらねぇよ、こんなのっ…」
先輩の価値は300万なんかじゃない。もっと、もっと大きくて大切で。そこまで考えたら、とめどなく溢れる涙を抑えることなんてできない。悔しい。先輩を助けられなくて痛い。崩れた四肢を支えるものは、もう何もなかった。
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