それは手を伸ばせば届く距離であったのかもしれない。だけどそうしないのは性別という壁が俺たちを隔てているから。自分だけではなく相手の未来まで壊したくはないと考えるからこその否定。俺は真ちゃんなんか、好きじゃない。

朝目が覚めてカーテンを開けば、雪が辺り一面に降り積もっていた。灰色の雲が辺りを支配している、なんて中二くさいことを考えながら学校指定のシャツに腕を通す。いまだに降りつづけるそれを見ながら、通りで肌寒いわけだと再び掛け布団を被った。

「和成ー早く食べて学校行きなさいよー」

下から聞こえる母親の声。嫌々ながら布団から出て制服に着替えるけど、やっぱり布団が恋しい。ちらりと時計を見れば、あと数分ぐらいなら寝ても大丈夫な時間であった。俺にしては珍しい、朝食抜きでの登校を描きながらうとうととしはじめたとき、枕の横で携帯が震える。

「…はいはーい」

『俺だ。今お前の家の前にいるのだよ。』

「………はい?」

早く降りてこい。と言い残して切られたそれに、ついメリーさんかよと呟く。直後、痺れを切らした母さんがどたどたと階段を上がってきた。

「ちょっと和成!早くしなさいってば!」

「ま、まって!今そんな場合じゃ…」

「緑間くん下で待ってるわよ!」

「なくもない!」

ほんと!?と身を乗り出した俺に少々引き気味に「え、えぇ…」と肯定する母。そういうことは早く言ってもらいたい。
大方着替えていたから、鞄と学ランを持って母さんみたく階段をかけ降りた。手すりがひんやりと冷たくて、せっかく布団でためていた熱が逃げていくようだった。

「真ちゃん!」

リビングでのそのそと朝食をとっている妹を横目に、玄関までダッシュ。最後なんてもう半分こけかけているが、それすらも気にならなかった。バタン、と扉を開ければ、その音に驚いたのか目を丸めている真ちゃんがいた。

「真ちゃん迎えにきてくれたの!?」

第一声がそれか、と言われるのかと思ったが真ちゃんはこくりと頷いたあとに左手をこちらに伸ばしてきた。
え、え、なに真ちゃん。なにすんのなにさわってんの!焦ってはいるもののそれを表に出さない俺ってすごいと思う。

「寝癖、」

「え?」

「学ランも、コートも。早く着るのだよ」

母のそれとは違う落ち着いた声に促されて、ああそういえば外は雪が降ってんだったと今更ながら一面雪景色を思い出した。
言われた通り学ランを羽織り、コートも着た。あとは寝癖かと箇所に触れれば彼の手も同じところに伸びてきて、包むようにして触れられる。

「…し、んちゃん…?」

「なんだ」

「えっと、どったの?なんか今日変だよ…」

「変なわけあるか。…ただ、」

「ただ?」

「……なんだかお前に、会いたかっただけだ」

「っへ!?」

ぶわわわっと赤くなった顔を勢いよく真ちゃんに向けたら、真ちゃんも少し赤い顔をしていた。俺の手を握って、真ちゃんはそれをポケットに突っ込む。
もう性別とか壁とかお互いの将来とか、どうでもよくなった。真ちゃんが会いたいって言ってくれた。しかも顔を赤くして。ずっと我慢してきた俺にしてみれば、この上ない幸せだった。

「和成ー?」

「!か、母さんいってきまーす!」

こんなところを母さんに見られたらと考えて、ばっと扉を閉める。「ほら!真ちゃん早く行くよ!」と歩き出した俺のあとに続き、真ちゃんが小走りでついてくる。
その間も手は、握ったままであった。



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