さんさんと降り続ける雨に鬱陶しさを感じることはなかった。いつもならどこにも出掛けやれやしないと愚痴を言い合うのだが、その愚痴を聞いてくれる友ももういない。思えばあの日、兄から改めて友人というものの無意味さを叩き込まれた日も、一晩中雨が止むことはなかった。あのときも、あのときもと思い出すのは、自分が一人でいるときや家業を全うしているときばかり。だから雨は嫌いであった。自分の中で無意識に殺していた感情を表しているようで、どうにも好きになれなかったのだ。はじめてできた親友、もといゴンといるときだけは雨など気にせず、己の生涯の一部であるその瞬間を楽しめていたというのに、今やそれも昔のことのように感じる。

何故自分が兄にさからえないのかというよりも、何故ゴンを見捨ててしまったのかのほうが重くのしかかった。いつも逃げてばかりであった自分は、今もこうしてゴンの元から離れてしまっている。それはどこかで兄の言う通りにしていれば楽に生きられ、さらにはゴンを傷つけずに済むと思ってしまっているからなのだろうか。兄がゴンを殺さない保証などどこにもないであろうに。 胸の内でうごめくこの黒い感情を反映するかのように酷くなる雨に嫌気もささないほど、今の自分に失望し、死んでしまってもいいと思った。自分で言いながらも結局死に直面すれば恐怖で体が動かなくなり、それでも必死に生にしがみついてしまうのだからどうしようもない。

遠くで汽笛の音が聞こえた。 こんな豪雨の中、ご苦労なことだと場違いなこと考える。このまま列車にぶち当たれば罪滅ぼしになるだろうか。滞在していた町から別の町へと続くレールの上を歩くことをやめ、口の端を噛む。幾度となく噛んできたために傷ができていたのだが、再びそれが開いて口内に血の味が広がった。

「………ゴン、俺は…」

俺は、お前の友達になんてなれなかったんだ。 自分で言って泣いてしまうほどつらいのなら、ゴンの傍から離れなければよかったじゃないか。いつまでもそうやって、ゴンに甘えて口先だけいっちょまえで、いざとなったら見捨てる。逃げて逃げて逃げまくって、その先には何もない。いるのは、親友も感情も、何もかもを失った醜い暗殺者の自分。

すぐに背後で汽笛が鳴った。このまま引かれてしまえば楽になれるだろう。だけど今までのことから、自分の死に触れたら怖くなって逃げるに決まっている。現に今も味が震えていた。 ここで自分の死を受け入れることができれば、ゴンを見捨ててしまった現実に報いることができるだろうか。兄に反することができるだろうか。どちらにせよ、自分には到底できないことだと思った。だからまずは、死んでしまおう。

「っ、キルア!」

刹那左側から衝撃を受け、レールの脇に飛ばされる。勢いよく横切る列車に、先程まで自分はあれに巻き込まれて死ぬつもりだったのだと考えて急に怖くなったのと同時に、やはり自分は臆病者ものだと痛感した。

「……ゴン、」

「何やってんだよばかキルア!!」

「ばっ…!?」

まさか罵倒されるとは思っておらず、先程の衝撃によって倒された体を上体だけ起こす。すると、やはり先程のもので馬乗りになっていたゴンと視線がかち合った。 まっすぐな瞳に、自分の汚れた姿が映されている。そのことから目を背けたくてそっぽを向けば、ゴンの切なげな声が降ってきた。

「キルア、」

「っ、どけよ」

「キルア」

「どけって言ってんだよ!」

「わっ!」

無理矢理どかせて立ち上がれば、今度は俺からの衝撃でゴンが尻餅をついた。罪悪感はあるが、そんなことを気にする余裕はない。

「俺はっ、お前を見捨てたんだよ!」

「違う、キルアはそんなことしてない!」

「見捨てたんだ!友達を、親友のお前を!!」

いまだに兄の言葉にとらわれつづけている自分が情けなくて仕方がなかった。抑えきれなくなった涙がぼろぼろと溢れだすが、雨と同化し、ぬかるんだ地面に落ちる。 泣き叫ぶようにして言った言葉にまた責められる。ゴンはそれを悲しげに聞き、それでもなおきれいに笑った。

「見捨ててない」

「……っ、ゴン…」

「キルアは俺の大切な友達だよ。もし見捨てられたとしても、キルアを信じるよ」

「ま、キルアが俺を見捨てることなんてないけどね。」と再び笑むゴンが、雨の中でも輝いて見えた。しゃくりあげてしまう俺に両手を広げ、相変わらずの太陽のような笑みが咲く。眩しすぎるそれを見ないように下を向いて涙を堪えれば、ふわっと何かに包まれた。何かといっても、そこにはゴンしかいないのだけれど。

「キルア」

「ごめっ……ゴン、ごめん…」

「もう、キルアってば謝りすぎだよ」

滑るように頬を撫でた手が思いの外温かく、そっと手を重ねると温もりが伝わってくる。背に回された腕がきゅっと体を締め付け、なんだか無性にゴンが愛しく思えた。

「ゴン、好きだ」

「ん、俺もキルアのこと好き」

今までの笑みとは違い、頬を染めてふにゃりと笑うゴンに、もっと言ってと呟く。一瞬驚いたような顔をしたが、すぐにまた人懐っこい笑みを浮かべて、

「キルア、愛してる」

この時ばかりは、雨を忘れてゴンの首筋に顔を埋めた。


(相互依存の関係)

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映画見てきた記念に。



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