虎徹さんが身をよじらせて、涙をためた瞳でこちらを見上げた。バニーとそう小さく呼ぶその声さえも愛しくて、男にしてはさらさらの髪に顔を埋める。大きく息を吸い込めば虎徹さんの匂いが胸いっぱいに広がる。
「バニー、今日はずいぶんと甘えたじゃねぇの」
「うるさいですよ、虎徹さん」
「……何かあったのか?」
ほら、おじさんに話してみなさい。だなんて、まったく、あなたは本当にお人好しなんですね。虎徹さんの手が僕の背中で一定のリズムを刻む。幼い頃、まだ両親が生きていた頃、怖い夢で寝られなかった僕の背中を母さんが優しく叩いてくれた。僕が寝るまで、母さんはずっとついていてくれた。虎徹さんと母さんを重ねるなんてことはしないけど、虎徹さんがひどく懐かしく感じられる。
「なんでもないです」
「なんでもないわけないだろ。こんな夜中にベッド入ってくるなんて、」
虎徹さんの手が、今度は僕の髪をすく。そのままくしゃりと撫でて、「怖い夢でも見たか?」と乾いた声で笑った。真実なのだから、何も言い返せない。答える代わりに虎徹さんを精一杯の力で抱き締める。「い、痛いってバニーちゃん!」ごめんなさい虎徹さん。でも今は、今だけは、こうさせてください。
今僕を悪夢から助けてくれる人は、虎徹さんしかいないんです。もしかしたら虎徹さんも母さんみたいにいなくなったらって考えると、とてつもなく怖いんです。怖くて、眠れないんです。吐き出してしまえば汚い言葉だと思った。弱々しいと、気色悪いと、罵倒されるだろうか。何も言わない虎徹さんを恐る恐る見上げる。
「だからお前、いつも眠そうにしてたのか」
「…はい」
「……この隈も、そうなのか?」
「……、…はい、」
虎徹さんは眠そうにしているのに僕は彼を寝かせてあげられない。さっきから僕に構ってくれているけれど、欠伸をしては涙をためている。ヒーローの仕事も忙しくてろくに睡眠がとれなくて今日は早く仕事が片付いたっていうのに、僕は今自分の勝手な都合で虎徹さんを困らせている。何日も寝ていない僕の頬を虎徹さんがそっと撫でた。ついでに目の下にできているだろう隈に触れる。
「バニー、」
「はい」
「いいか、お前はもう一人じゃない」
「……」
「俺だけじゃなくてみんなに頼ればいい」
「っでも僕は虎徹さんが…!」
「それでも、お前の周りが味方だらけで、それでもお前が俺を必要としてくれるなら、」
俺はいつでも、何度でも、バニーを助けるよ。なんて、卑怯ですよ、虎徹さん。さっきよりも強い力で僕からしてみれば華奢な体を抱き締めた。今度は何にも言わないで、虎徹さんは僕の頭を撫でた。久しぶりに眠れる気がする。だんだんと視界がぼやけていく中、虎徹さんの声だけが響いた。
「愛してるよ、バニー」
僕もです、虎徹さん。
*
「俺はなぁ、バニー。約束を守る男だ。」
例えお前が忘れちまっても、それは変わらねえ。俺言ったよな?いつでも、何度でも、お前を助けてやるって。お前それ聞いても俺のこと思い出せないのかよ?
「何を言ってるんだ。そんな約束をした覚えはない」
よくもサマンサおばさんを殺したな。右手に目一杯の力をこめて、偽のワイルドタイガーをぶん殴った。なにが約束だ。僕を助けてくれるのはいつだってマーベリックさんとサマンサおばさんで、そんな僕の大切な人を殺したのは鏑木・T・虎徹で。なのにあいつは何を言ってるんだ。
「待ってろバニー、」
今助けてやるからな。
そう言って能力を発動させるあいつが、なんだかすごく懐かしかった。はじめて会ったはずなのに一体どうして、
「……こ、…てつさ…」
一瞬自分が何を言っているのか分からなかった。はっとなって口を押さえたときには、もうその言葉を取り返すことはできない。彼は自分の中で何かが彼にすがろうとしている。無意識に伸ばしていた手を慌ててひっこめるけど、目からは大量の涙がこぼれ落ちた。
「さぁバニー!かかってこい!」
あぁきっと僕は、彼に助けられたんだろうな。
彼のことは何も知らないしサマンサおばさんを殺されて憎いはずなのに、彼ならこの底知れぬ深い闇から救いだしてくれそうな気がして。
もう一度握った拳に力を込めて、眩しいくらいの笑顔を浮かべている彼に向かって走って行った。
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