06 彼を想って泣きました。
病院をあとにした私たちは、さっそく新しい自宅へと向かう。謙也くんはまだ私が大阪に慣れてないからと言って、何日間かお泊まりしてくれるみたいだった。
おばあちゃんと白石さんの家が以外と近かったことに驚きながら、先程奢ってもらったたこ焼きを頬張る。
「う、うまい。さすが大阪…」
「そこら中にうまい店あるで。今度案内したる。」
「ありがとうございます!白石さん!」
これから主食はたこ焼きになるな。なんて思いながら歩いていると、やっとおばあちゃん宅に到着した。手前が呉服屋で、奥が自宅のようだ。懐かしく思いながら鍵を開けて、ガラス戸を横にずらす。店内へ入ると、ふわっと着物の匂いが漂った。
「…今日からよろしく」
呟くようにして言えば、風が店内を吹き抜けたような気がした。
*
「名前ー!この荷物どっちや?」
「それは私の部屋!ああ!白石さん頭危ない!」
「いてっ」
大丈夫ですか!?と駆け寄れば、白石さんは平気やと痛そうに笑った。うわああ、見てるだけで痛々しい…
湿布か何か持ってきたほうがいいのだろうか。だけど湿布ってどの段ボールに入れたっけ。
一人思案する私に、白石さんは再び微笑んで「平気やから、そないな顔すんな」と私の頭を撫でた。今度はそれに甘んじて私もにこりと笑う。白石さんって優しい人なんだなと思いながら手元の作業を再開させようとすれば、隣の部屋にいた謙也くんが叫ぶようにして言った。
「名前、携帯鳴ってるでー!」
「はーい」
急いで隣の部屋に行き、机に置いておいた携帯を手にとる。ディスプレイを見れば、『青峰大輝』と表示されていた。
電話だったために、慌てて通話ボタンを押す。
『よ、今平気か?』
「うん、大丈夫だよ。」
今朝ぶりに聞いた声なはずなのに、なんだか無性に懐かしくなった。何時間か前に聞いたばかりなのに、何年間も会ってない人みたい。すごく、遠くに感じた。
『…さっき、お前ん家に男が来たぜ』
「…え」
携帯を落としそうになるのを堪えて、ぎゅっと握り直す。いきなり電話してくるもんだから、大阪はどうだ?とかそんな程度の話かと思ってた。
男って、和成のことかな。
『おばさん、泣いてたぞ』
「うん」
『相手も、つらそうにしてた』
「うん」
『お前に会いたがってた』
「無理。絶対に会わない。」
『……お前なぁ、』
大輝のため息を聞きながら、手元の荷物を整理する。
『彼氏か?』
「元彼だよ」
『相手の重荷になるとか勝手に考えて、ろくな振り方してねぇだろ』
「………大輝ってさ、私より私に詳しいよね」
『そりゃお互い様だろ』
「うん、そうだね」
やっぱり大輝には隠し事できない。大輝の無言が、私に説明を促しているのが分かる。
「…元々好きな人がいて、その人に告白されたから別れようって言ったの」
『うっわ、ひでぇな』
「でしょ?しかもね、あなたは遊びだったのよって言ってやった」
『ふーん。それで?』
「え?」
『よりとか戻したくねぇの?好きだったんだろ?』
「…戻したくないわけないじゃん…ほんと、大輝の言う通りだよ…」
重荷になりたくなくて、一方的に別れて。頑張るって決めたのに、傷口に触れられただけで痛みだす。
ほんと、バカみたい。
「……っ、だいき…」
『…泣くな。お前がそう判断したんなら、誰も文句言わねぇからよ』
ま、これからは毎日電話してやるよ。
そう言った大輝の声を聞きながら、私は声を押し殺して泣いた。
*
名字さんに荷物の場所を聞こうとして居間に向かったら、携帯を片手に泣いている彼女がおった。
「……、」
なんで泣いてんねんとか、そんなことを言おうと思て近づけば、すっと出てきた人影にとめられる。この家には俺と名字さんと謙也の三人しかおらんのやから、人影は自然と謙也になるんやけど。
「白石、余計な詮索しなや」
「……せやかて、」
「これ以上名前のこと詮索するな言うてんのや」
こんなにも真剣な顔をした謙也を見たことがなくて、動きをとめる。
「名前はなぁ、俺らには分からんことぎょうさん背負っとる。けじめつけて大阪来たんや。詳しくは俺も知らへん。せやけどなぁ、そこは何も聞かへんのが男っちゅーもんやろ」
「…お前、ヘタレとちゃうかったんやな…」
「ま、浪速のスピードスターはなめたらあかんっちゅー話や」
得意気に笑う謙也をスルーして、再び名字さんを見る。
彼女はもう、泣いていなかった。
「あれ、二人ともどうかしました?」
「いや、なんでもあらへんよ」
「おん、なんにもあらへん」
「そうですか?」
首を傾げている名字さんの頭を軽く撫で、俺たちは荷物整理に戻る。
にしても、女の子は荷物多いなぁ。バスケ関連ばっかやで。
微笑ましく思いながらも続ける荷物整理は、名字さんのことを教えてくれとるみたいで少し嬉しくなった。
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