05 逃げてもいいと言ってくれました。

お兄さんもとい白石さんと奇妙な出会いをした私は、先程無事大阪に到着した。
キセキを代表して大輝とお母さんに「大阪なう!」とメールを送れば、数分もしない内に送ってないはずの赤司くんからメールがきて「僕にはないの?」とか書いてあった。これからの人生のために「お、大阪なう!!」とメールを送る。赤司くんは優しいけど、怒ると怖いからな。
新幹線に乗る人や降りる人、大勢の清掃員や駅長でホームがごった返す。幸い白石さんは背が高かったから見失うことはなかったけど、降りるまでに余計な体力を使った気がする。

「白石さん、どっちですか?」

「俺はこっちや。名字さんは?」

「私は人を待たせてるんですけど………あ、謙也くーーん!」

少し離れたところに携帯をいじりながら立っている親戚に声をかける。隣で白石さんが何か言ってるが、どうしたというのだろうか。

「おぉ、名前!久しぶりやなぁ。元気にしとったか?」

「謙也くんこそ!おっきくなったね!」

「ま、育ち盛りやからな」

久しぶりに会う親戚と挨拶を交わしたあと、白石さんを紹介するべく振り返る。

「謙也くん、こちらは白石さん。新幹線で通路挟んだ隣の席だったの」

「………白石?」

「おん、謙也。昨日ぶりやな」

「…え?」

あれ、もしかしなくても二人は知り合いな感じ?
二人の顔をを交互に見ていると、謙也くんが説明をしてくれた。

「こいつは、俺と同じ高校の同じクラスの同じテニス部っちゅー話や」

「え、えええ!そんなに同じがたくさん!?」

「謙也、こんなかわいらしい彼女いたなんて聞いてへんで」

「あほか。こいつは遠い親戚。彼女とちゃう」

「そうなん?」

「けっ、謙也くんが彼氏!?私にはもったいないよ!絶対ない!赤司さまに誓って!」

「あかし?」

おっと間違えた。ついこの間まで帝光中だったから、その時の癖が抜けてなかったみたい。一部の熱狂的なファンによって、赤司くんは盛大に崇められていた。たしかに試合においても彼は頼もしいし、私をはじめクラスのみんなは赤司くんの存在を神様か何かと同じに扱っていたもんだから、神様仏様赤司様、みたいなのが出来上がってしまったのだ。今思えば、若気の至りだよ。
すると、謙也くんがそういえばと話しだす。

「名前、新幹線ん中で白石に何にもされへんかったか?」

「えっと、ただ一緒に駅弁食べたり、話したりしただけど…」

「あいつ変態エクスタ野郎なんや。これからも気ぃつけや」

「エクスタ…?」

「ちょ、謙也!名字さんにそないなこと言うたらあかん!」

そういえば白石さん、駅弁食べながら「んー、エクスタシー!」とか言ってたっけ。あれはなんだったのだろうと一人で考えていると、謙也くんが私のバックを持ってくれた。

「ほな、行きますか。」

「今日は暇やし、俺も同行させてもらうわ。まずはどこ行くん?」

「えっと、おばあちゃんの病院に」

「よっしゃ。任しとき!」

二人の会話からしてどうやらバスに乗るらしい。なら、携帯の電源は切るべきだよね。
背のリュックから携帯をとりだして、画面を開く。

「………、」

そこには数件のメールと、たくさんの着信履歴。メールはお母さんと大輝と赤司くんからだろう。
だけど電話の相手は、

「(…和成…)」

私が電話に出ないから、家にでも行ったのかな。お母さんのことだから、素直に話したのかも。それで泣いて、謝って。
全てを知った和成は、私と連絡がとりたいって思ってくれてるのかもしれない。

「名前、何してんねん。おいてくで」

「…待って、謙也くん!白石さん!」

メールをさらっと確認し、二人のあとを追う。相変わらず痛む胸に、気づかない振りをした。





「完了っと」

メアドと番号を変えて、さっそく謙也くんに送る。白石さんとも交換したあとに、お母さん。幼馴染みを含めたキセキのみんな。あとはそこそこ仲のよかった友人。
バスに揺られながらも着信し続けた携帯は、嘘のように鳴らなくなった。お母さんに和成には連絡先を教えないように言ったから、多分大丈夫。

「急にメアド変えるなんて、迷惑メールか何かきたん?」

「いや、心機一転ってやつだよ。大阪には長い間お世話になるし」

「名字さんはどんぐらいこっちにいるんや?」

「とりあえず、卒業まではいるつもりですよ」

「ほんまか。ならしばらくは名字さんと一緒やな」

「白石。あんまり名前に手ぇ出すなや。こいつはガードかったいで」

「そんなつもりはあらへんよ。ただ名字さんと仲よおしたいだけや」

「名前を嫁に出す気なんてあらへんっちゅー話や」

「ちょ、二人とも…」

こんなイケメン二人に挟まれる私がつらい。
前に座ってる女子高生のお嬢様方がちらちらと二人を見ている。いや気持ちは分かるけどね。イケメンの会話なら、誰でもちょっとは気になるよね!

「ほら、ついたで」

謙也くんのあとに続いてバスを降りれば、そこには立派な総合病院が立っていた。
ナースステーションでおばあちゃんの病室を聞き、そこに向かう。すれちがう人たちを見て、花とかあったほうがよかったのかなと少し心配になった。

病室の前につき、軽く扉をノックすれば、おばあちゃんの懐かしい声が聞こえてきた。

「おばあちゃん!」

「名前、よく来たね」

ベッドに座り刺繍をしていたらしいおばあちゃんは、私を見るとにっこり笑ってくれた。
謙也くんもおばあちゃんと軽く挨拶をしてから、白石さんを紹介する。

「おばあちゃん、こちらは白石蔵ノ介さん」

「白石さん、二人がお世話になっとります」

「そないなことありまへん。こちらこそ、お世話になっとりますよ」

なんだか礼儀正しい挨拶だなと感心していると、謙也くんが椅子を並べてくれた。私はお礼を言ってから、その椅子に腰掛ける。

「名前は謙也くんのいる高校に行くんか?」

「うん。四天宝寺高校に行くつもり」

「部活はどうするん?」

「…とりあえずは入らないで、お店の仕事を覚えようと思う。それから考えるよ」

そう言った私をじっと見つめたあとに、そうかいと言った。
おばあちゃんは分かってるのかな。私がもうバスケ部に入らないと決めたことを。

「名字さんはどこの中学だったんや?」

「帝光中学です」

「そのときはどの部活に?」

「…男子バスケ部のマネージャーを」

「マネージャーか!」

そのとき謙也くんと白石さんが顔を見合わせて笑った。
そういえば、謙也くんにも中学と部活の話はしたことなかったな。
にしても、なぜ笑う。首を傾げていると、おばあちゃんが口を開く。

「部活には入りなさい。」

「……バスケ部は、もう入らない」

ちょっとだけだけど、声が低くなった。謙也くんと白石さんが驚いているのが分かる。

「お母さんから事情は聞いとります。名前がしたいようにすればええ。もうバスケ部に入らんでええ。バスケ部がつらいなら、他の部活に入ればええんよ。」

「…おばあちゃん…」

「忘れたいなら、忘れればええ」

逃げてもいいのかな。
帝光中のバスケ部で何か嫌なことがあったとか、そういうわけじゃない。例えみんなが目指した場所が違っても。勝つことが全てでも。私は、みんなが大好きだから。
それでもバスケ部に入らないのは、和成から逃げるため。四天宝寺でバスケ部に入って、和成の行った高校と当たらないなんて保証はない。
逃げるなら、とことん逃げたい。

「ここは大阪や。お前さんがおった東京とはちゃう。つらいことは、全部東京に置いてきたんや。それでもついてくる重荷は、謙也くんと白石さんと一緒に送り返したり」

そうだね、おばあちゃん。
私はここで頑張るって決めたんだ。

「人生楽しんだもん勝ちや」

「…うん!」

拝啓お母さま。お母さまのお母さまは、やはり最強です。