02 4ヶ月以上も前のことです。

4ヶ月以上も前の進路相談前日、お母さんから話があると言われた。やけに真剣な顔をしていて、何故だか分からないけれど耳を塞いでしまいたいと思った。

「…おばあちゃん、いるでしょ?」

「大阪にいる?」

「そう。そのおばあちゃんね、入院しちゃったの。」

母方のおばあちゃんは、一人で大阪に住んでいる。時々会いに行っては、大阪を案内してもらっていた。幼いながら背伸びをして、お気に入りの洋服を見せていたのをよく覚えている。

「病気…?」

「治らない病気じゃないのよ?ただ、二年間入院しなくちゃいけなくて…」

「二年間で、治るの?」

「ええ。完治するそうよ」

お母さんの言葉に一安心していると、また次の問題が出てくる。

「お店は?」

おばあちゃんは一人で呉服屋を営んでいた。繊細な柄がいいと人気を集め、繁盛していると聞いている。
おばあちゃんの入院は、お店の営業者を失うことになる。
代々受け継がれてきたお店を、他の人に任せたくないと話していたおばあちゃん。
お店は、どうなるのだろう。

「…それなんだけどね…」

バツが悪そうにするお母さんを見ていたら、なんだか和成に会いたくなった。さっきまで一緒にいたのに、おかしいな。
お母さんはしばらく何も言わずに視線を反らしていたけど、意を決したように口を開いた。

「おばあちゃんのお手伝いも兼ねて、大阪の高校に行かない?」

「………え?」

やっぱり無理よね、と眉を下げるお母さん。
なんで、お母さんが行けばいいじゃん。なんてことは言えなかった。

「…大阪…」

幼い頃にお父さんをなくして泣いてばかりだった私とは違って、お母さんは泣いたりしなかった。
一人で働いて、会社も開いて。
ここまで育ててくれたことに感謝している。
おばあちゃんにもたくさんお世話になってきたし、なにより慣れ親しんだあのお店がなくなるなんて嫌だった。

「名前にはたくさん迷惑かけて、ほんとに申し訳ないって思ってるの。だけど、お母さん今手が離せなくて…」

「………いいよ」

「え…?」

「大阪、行ってもいいよ」

お母さんは目を見開いたあと、呟くようにして言った。

「…大輝くんやさつきちゃんとも会えないのよ…?」

「大丈夫。毎日電話するし」

二人は過保護なんだよと笑って言えば、そうねと柔らかく微笑んだ。
だけど、すぐに顔を引き締める。

「………高尾くんとも、会えないわよ」

嫌だな、和成と会えないのは。
でも泣き言は言わないよ。
お母さんだって泣かなかったんだから。

「別れるつもりだったからさ、和成は」

我ながらふざけた嘘だと思ったが、お母さんは何も言わなかった。嘘だってバレてると思うけど、和成とのことを考えていたのは本当なのだ。
バスケが大好きな和成は、高校に行ってもバスケを続けるだろう。
そんな和成のお荷物になりたくない。

「……本当にいいの?」

「うん。大丈夫だよ」

高校は大輝とさつきと同じ桐皇学園に行くつもりだったから、結局和成とは会えなくなっていただろうし。
私がまたバスケ部のマネージャーをして、和成の学校と試合をすることになって。和成の敵として、コートに立てるかな。
多分、いや、絶対無理だろう。

「本当に、ごめんね」

「お母さん、謝らないで」

だったら私は、和成の中で最低最悪の女になろう。
和成のために、なんて言わない。これは私の勝手であって、誰のためでもない。私は私のために、和成と別れるのだ。
なら、もう二度と思い出されないように悪女として最悪の演出を考えないと。それが私にできる、最善の手。

「(…ごめんね、和成…)」

こんな女で、ごめん。