19 笑顔が素敵なあなたに。

「何故勝手にかけたりしたのだよ!」

真ちゃんの怒号が教室中に響いた。クラスメイトの何人かがちらちらとこちらを見ている。右手には携帯が握られており、表情は鬼の形相そのものだった。そんな真ちゃんの目前で口を尖らせてから「だって…」と反論しようとすれば、眉間の皺がさらに深まった。あ、やばい。次の瞬間、案の定「言い訳をするな!」と怒鳴られてしまう。

「信じがたいが、お前たちの関係は分かったのだよ」

「……うん、」

「だが、それとこれとは話が別だ」

いつもよりもずっと鋭い声が俺を刺す勢いで降ってきた。たしかに俺はよくない、というか悪いことをしたと思う。名前の連絡先も、真ちゃんからの情報で親の都合上大阪に行ったということも分かった。だけどもう一度拒絶されたらと勝手に自信をなくして、仲がいい真ちゃんからの着信なら出るだろうと昼休み真ちゃんが先生に呼ばれて携帯を置いていったのをいいことに勝手に携帯を使ってしまった。どうやらあの日名前に別れを告げられたことが相当こたえてるみたいだ。何度も同じ夢を見るほど引きずっているのだからいざというとき臆病になるのはなんとなく分かっていたが、まさかこれほどとは思ってもみなかった。今回ばかりは、真ちゃんがキレるのも仕方ない。ため息すら出ない。

「高尾、なにも俺はよりを戻すなと言っているわけではない」

「…分かってる。俺が勝手にばかやっただけ」

その着信すら相手が俺だと分かったときすぐに切られたのだ。情けなくて仕方ない。だけど名前は、小さく、本当に小さくだけど俺の名前を呼んだ。あの日"高尾くん"と呼んだときの名前の表情が脳裏によみがえる。まだ名前は、俺を忘れてなんてなかった。それが分かっただけでも嬉しいなんて、俺もずいぶんとちっちゃくなったもんだ。

「勝手に他人の携帯を使用するのは礼儀知らずだ」

「……ごめん、真ちゃん」

「せめてひとこと言ってからにするのだよ」

「………へ?」

ひとこと言ってから?ひとこと言ったら、電話かけてもいいの?
びっくりして目を開いた俺をちらりと見て、真ちゃんはそっぽを向いた。黙って言葉の続きを待っていると、真ちゃんは小さく口を開く。

「…べつに、お前たちの仲をとりもってやってもいい」

「え、えええ!?真ちゃんやだなんか今日きもいよ!」

「きもいとはなんだ!」

さっきよりも皺の数が増えた!なんてことは言えなかったけど、真ちゃんは相変わらずの仁王立ちで俺を見下ろして言った。

「名字はお前から逃げたのだろう」

「っ、真ちゃん!名前は逃げてなんか――」

「お前も、名字から逃げた」

びくりと肩が揺れた。逃げた。そう、俺は名前から嫌われるとか拒絶されるとか、そういうのを理由にして逃げたんだ。一人で歩いていく名前を引き止めることができなかったんだ。そして今も、俺は逃げようとしている。

「きっと名字も、お前から嫌われるのが怖かっただけなのだよ」

「…で、でも真ちゃん…」

「いつまでもお互いに逃げたままでは話にならん」

「………」

「……似た者同士、早くよりを戻せ」

その言葉がなんだか真ちゃんらしくなくて、ちょっとびっくりした。だけど俺に注がれる視線は真剣そのもの。「ごめんね。ありがとう、真ちゃん」「全くめんどくさいのだよ」あ、今ので感謝が半減したかも。

「それに、」

「ん?」

「…名字もお前もめんどうなやつだが、嫌いではない」

「…………真ちゃん、やっぱり今日きもいよ」

「高尾っ!!」

さっきとはまた別の怖い顔をしてこちらを睨む真ちゃんは、不思議といつもより全然怖くなかった。ははと乾いた笑いを送ってから謝り、始業のチャイムをどこか遠くに聞く。「くそっ覚えていろ!」まだ怒っていたらしい真ちゃんもさすがに授業中ではちょっかい出してこないだろう。その予想があたり、一人で小さくほくそ笑んだ。これだから真ちゃんは面白いんだよねー。

「(…名前、)」

ごめん、俺もう逃げないとか言っといてまた逃げたよね。きっと俺がこんなんだから悲しい思いさせたんだ。俺が名前に甘えてただけなんだよな。

「…ほんとありがとう、真ちゃん」

前の席に座る真ちゃんの大きな背中に小さく呟いたそれは、彼の耳に入ったかどうかは分からない。だけど今はまだ、聞こえていなくてもいい。また名前とのことが解決したら二人でちゃんとお礼するから。

「(だからさ、名前)」

今度は絶対に逃げたりしないから、時間ができるまで待っててほしいんだ。

『和成』

脳裏に浮かぶあの笑顔が今も咲いていることをただ祈った。