17 全てを見通す彼の話と店番をしました。

店の掃除も、品物の確認も昨日のうちに済ませた。おばあちゃんがくれた淡いピンクの着物も上手く着れたと思う。

「名前ー、今日の昼飯なんや…―――って、うおぉ!?」

奥から出てきた謙也くんが突然声を上げるもんだから、びっくりして振り返る。彼は目を大きく開いてこちらを見ていて、おまけに指まで指していた。

「な、なに…?」

「き、」

「き…?」

「着物やんか!」

着物だけれどそれがどうしたというのだろうか。足元から頭のてっぺんまで順に見られてなんだか気恥ずかしい。

「名前、着付けできたんか!?」

「あ、うん。前に友達に教わって…」

おばあちゃんも言っていたけど、都会生まれ都会育ちの子が着付けできるっていうのはやっぱり珍しいことなのだろう。謙也くんも多分そのことに驚いているんだと思うし、私自身珍しいと思ってる。やっぱり赤司くん家はすごいな、と着付けを教えてくれた赤司くん宅の皆さんを思い出す。大きい屋敷だったなぁとか、お手伝いさんたくさんいたなぁとか。旧家みたい!とさつきとはしゃいだのもよく覚えてる。

「それって、中学んとき?」

「うん、部活の友達」

「へー」なんて返しをされて、興味ない話だったかなと謙也くんのほうを見れば彼は店内にある椅子に腰掛けてこちらを見ていた。
彼は何も言わないけれど、その瞳が私にその話の続きを促しているのが分かる。前にお風呂場で言ってくれた、私の中学時代が知りたいという言葉を思い出す。私も、謙也くんのこともっと知りたい。今度は謙也くんの話をしてほしいな、なんて考えながら口を開いた。

「その子の家、すっごい広いんだよ。日本って感じの大きな屋敷で、お手伝いさんがたくさんいるの」

「おぉ!そないなとこ住んでみたいわー」

「いや、でも私迷子になった」

「ほんまか」

一瞬目を見開いた謙也くんは、「家のか中で迷子かいな」って言ってげらげらと笑った。
私だって迂闊でしたよ。でもまさか夜中トイレに行って迷うなんて…
中学2年生のとき、赤司くん宅でお泊まり会を開こうと言い出したのは黄瀬だった。なんでも用事で赤司くんの家へ行ったとき、あまりの大きさに圧倒されて泡を吹いたとかなんとか。いや、泡は冗談だと思うけど。
そんな黄瀬が提案したお泊まり会は、思いの外好評だった。もっと「ばかじゃねぇの」とか「意味が分からないのだよ」とか「黄瀬くんてばかなんですか」とか「えーめんどーい」とか言われると思ってたのに。でも赤司くんがなんて言うか分からないよ、と言った私に彼らは全員でお願いに行けば大丈夫と言った。そして彼は、そのお泊まり会を承諾したのだ。今思えば仲間思いの赤司くんが仲間のお願いを断るわけがないのだ。
かくして赤司くん宅で開催されたお泊まり会は、本当に楽しかった。出された食事が高級洋食店の出前だったり、お寿司だったり。ちらりと覗いた領収書には、ゼロがたくさんあって味なんて覚えてない。
他にもたくさんの娯楽や珍しいものがあって、私たちのお泊まり会は充実していた。そう、夜中までは。
夜中に起きた私は、正直目的地のトイレの場所まで完璧に覚えていなかったのだ。昼間にいりくんだ廊下を通ってトイレを案内されたが、全く分からなかった。どうしたものかとさつきを見やるも、彼女はすやすやと寝息を立てている。

「それで、そのあとどうしたん?」

「行ったよ、トイレ。30分くらい迷ったけど」

「部屋まで戻れたんか?」

「…うん、まぁね」

返事が遅れたのに気付いただろうか。ちらりとそちらを見るも、謙也くんは気にした様子も見せず、近くの品物を手に取った。「きれいな柄やなー」と黄金色の鶴が刺繍された手拭いを見てにこりと笑った。
ほっと胸を撫で下ろしたあと、店の戸が音を立てて開く。

「いらっしゃいませ!」

本日一人目のお客様を迎えて、私も謙也くんも満面の笑みを浮かべた。