15 マネージャーになりました。

お願いしますと入部届けを差し出せば、先生はにこりと笑ってそれを受け取った。次に財前くん、美琴ちゃんと続き、クラスの大半の生徒が本日より部活に参加することとなった。

「美琴ちゃんは何部に入るの?」

「あたしは天文学部や」

「天文かぁ…」

「ああ、あのネクラ部」

「財前あんた天文学を舐めたらあかんで」

「でも、美琴ちゃんが天文学って意外だな」

「こいつ中学んときから天文オタクやで」

「へー」

なんか意外だと呟けば、財前くんもそう思っていたみたいで。
話によると、美琴ちゃんはスポーツ万能な上に愛嬌のある、いわゆるモテる組にいたらしい。だけど四天宝寺中学にある天文学部、通称ネクラ部に入ったことから、残念な美人さんとしてその名を伝えた。
それっていわゆるさつきさんタイプなんじゃないかと思います。料理の才に恵まれなかったことや、黒子くん一筋なところ(恋愛は人それぞれだけれど)が、さつきを何かが足りない美人とカテゴリーしたのだ。もう少しで完璧な美人であるというのに、神様はえげつないことをする。それでもさつきは可愛いからモテていたことに変わりはないけれど。
この世は甘くできてないことを改めて知った。

天文学部。そういえば帝光中にも天文学部があったなと、昨年の夏を思い出す。あまり人気のない部活だったけれど、一年に2回だけ開かれる天文学部主催の天体観測会はすごく人気があった。私もさつきと行ったことがあるし、黒子くんも行ったと言っていた。部活のみんなで行こう、なんて話も出たけれど全中でそれどころじゃなかったし、なによりその話が出たときみんなはバラバラになっていた。誰が悪いわけでも、何が悪いわけでもない。なのに離れていく彼らを、私は見ていることしかできなかった。
離される手。寄らなくなったコンビニ。誰もいない体育館。全てが波となってみんなを連れ去っていくように、彼らは全員別の高校へと進んだ。それがなんだか悲しくて、美琴ちゃんと財前くんに分からないように下唇を噛んだ。





「おら、さっさと立てや」

「は、はい」

ドスのきいた声に反射的に立ち上がる。ガタンッとずれた椅子を元に戻してから声の主、財前くんに向き直る。

「えっと?」

「謙也さんから頼まれたんすわ。あんたを部室まで連れて来いて」

「よ、よろしくお願いします!」

ん、と財前くんは私の前を歩き出す。美琴ちゃんに手を振ってから後を追うようにして走る。廊下にはこれから部活へ向かう生徒がごった返していたけど、財前くんはずんずん先へ進んだ。曲がって階段を下りていく姿は見えたけど、あれ、どこに行ったのかな。下りきったところできょろきょろとしていると、突然手を引っ張られる。

「あんたのろいわ」

「のろい…!?」

「探すの大変やし、このまま引っ張ってくで」

ぐいと先程よりも強い力で引っ張られ、前屈みになって歩く。生徒の間を上手く避けていく彼がなんだか羨ましく思えた。
どんな人波にも立ち向かい、自分を見失わない。こんなことを考えてしまうのは、きっと私がそうなりたいと思っているから。強いな、財前くんは。

「(…和成も、強かった)」

私を受け止めようとしてくれていたのに、手を伸ばしてくれていたのに。その手をとらなかったのは私。頼ろうとしなかったのも私。全部私が悪い。身勝手な理由で大阪に来たのも、和成を振ったのも。私が悪いはずなのに、どこかで和成に会いたいと思ってしまっている。

「…名字?」

財前くんがこちらを振り返った。「なに?」「いや、泣いてるように見えてん」泣いてないって。

「泣けないよ」

私にそんな資格ないんだから。





堂々とそびえ立つ(ように見える)部室は、帝光中バスケ部の部室並みに伝統とか偉大さとかそういうのを放っていた。今からここに入るのか、と息を飲む。

「さっさとせぇ」

「ま、待って財前くん!」

「ちわーっす」

「待ってって言ったのに!」

私のことなんか無視して部室に入っていく財前くんを追う。トン、と足を踏み入れる。ドリンク剤や消毒薬、そして努力の結晶である汗の染み込んだ匂いが漂う。なんだか無性にバスケ部の部室が懐かしくなった。

「名前!待っとったで!」

入り口付近で立ち止まっていると、奥からユニフォーム姿の謙也くんがこちらに歩いてくる。先に入っていた財前くんの私を部室まで連れてくるという役目は終了したため、彼は部活開始の準備を始めている。なんでそんなに手際いいの。君も今日がはじめての部活でしょ?聞きたいことは山ほどあったけど、そういえば財前くんはここの先輩方とは中学からの付き合いだと言ってた。だから緊張感っていうものがないのかと羨ましくなる。私だけぼっちじゃないか。

「先輩らはまだ来てへんねん。名前、先に同学年に紹介したる」

「あ、うん!お願いします!」

謙也くんの声に、何人かがこちらに来る。その中に白石さんはいなかった。

「こいつや。噂の名前っちゅーんは」

「こいつかー!うわあ、めっちゃかわいい顔しとるやん!」

「忍足んとこの親戚ゆうから美形やとは思っとったけど、まさかここまでとはなぁ」

「さすが忍足や。彼女もレベル高いんやな!」

「だーーーっ!お前らうっさいねん!名前もほら、自己紹介言うてみ!」

「え!あ、えっと、東京から来た名字名前です。本日よりマネージャーをやらせていただくことになりました。至らないところもあると思いますが、どうぞよろしくお願いします。」

「……う、おぉ」

「…なるほど」

「…え、え?」

自己紹介を終えたのに、みんな黙ってこちらを見ている。唯一にこにこと笑っている謙也くんに目配せしても、何も言わない。何かまずかったのかな。慌てて財前くんのほうを見たら、彼は特に気にした様子もなく部活開始の準備を進めている。

「えっと…?」

「お前らあほ面隠せてへんでー」

「あほ面言うなや!」

「ちょっとびっくりしただけやろ!」

「あほ。そのびっくりに、名前がひびっとんのや」

続けて謙也くんが「堪忍なぁ、」と言いながら、私の頭に手を乗せた。

「こいつら前のマネージャーと色々あったんや。マネージャーは採らんほうがええ言うて一番反対したのもこいつら」

「あ、なんかすみません…」

「ちゃうちゃう!名字さん何にも悪ない!」

「せや。話聞く前までは謙也がミーハーに釣られたんや思て焦っとっただけやし、何も反対まではしてへんねん」

「今日挨拶来る言うて、実際会ってミーハーやったらなーとか勝手に心配しとっただけなんや」

「名前はミーハーやない言うとるやろ!」

2年生の会話からして、どれだけマネージャーに悩まされてきたかが分かった。私は皆さんより身長が小さいから、皆さんの表情を順に見回す。
安堵と期待。それは私が皆さんの言うミーハー、つまり部活の邪魔にならない存在だから。まだ部活動を円滑に進めるための存在じゃないんだ。役に立つ立たないじゃなくて、自分たちの邪魔にならない女子生徒。謙也くんが、白石さんが、財前くんがこのテニス部を大切にしているように、この先輩方もテニス部を守りたいんだ。
みんなに愛されてるこのテニス部の役に立ちたいと思った。

「早く役に立てるようになります!よろしくお願いします!」

勢いよく下げた頭に、みんなの大きな笑い声が降ってきた。