11 まいう棒の奇跡に巡りました。

「うわあああ!わいのたこ焼きぃぃいいいい!!」

がくっと廊下にうなだれる少年と、わけが分からずにただ茫然とする私。え、なに、どういうこと?というか、あれ、

どうしてこうなった。





図書室だ。図書室までは覚えてる。それからみんなに置いていかれて、校舎内をひたすら歩きまわったのだ。
四天宝寺高校は四天宝寺中学校から持ち上がりの生徒がほとんとだ。なんらかの理由で高等部に来るのだってざらにあったらしいから、美琴ちゃんも財前くんも学校案内には参加しないと言い出した。それに乗ってクラスの大半が校舎見学をせずに自習してるとのこと。まあ先生もそれを承諾して、外部入学組に案内をしてくれていたのだけれど、何をどうしたことか私だけがみんなとはぐれてしまったのだ。
うわー迷子だーとうろちょろしながら、何度目かも分からない廊下の角を曲がる。その時、突如腹部に衝撃が走った。

「あああ!わいのたこ焼きぃ…!!」

そして、冒頭に戻る。

「た、こ焼き…?」

「お昼に食べよ思て…」

さ、さすが大阪…と感心している場合ではない。私より少しだけ背の小さい少年は、今にも泣きそうな顔をしてたこ焼きの残骸を見つめている。「ご、ごめんね…!」と謝るも彼は何も言わずに俯いたまま。こ、これは確実に怒ってる…!
そんな少年を見て、お菓子にものすごい執着心を見せていた彼を思い出した。言わずもがな、紫原ことお菓子の妖精ムっくんだ。いつしかムっくんのお菓子を彼のものと知らずに食べてしまったことがある。その時かの有名な「捻り潰すよ?」が出なかったのは、私が毎日のように彼にお菓子を貢いでいたことと、日頃甘えてくる彼を甘やかしていたこと、赤司くんにも気に入られたバスケ部のマネージャーであったため、らしいのだ。(いや決して赤司くんに気に入られていたわけではないのだけれど。)ものすごくつらそうに涙をためて「もう、食べないよね…?」なんて言われたら頷くしかない。かくしてムっくんのお菓子を無断で食したにも関わらず生きて帰ってきた私は一時期勇者として崇められたわけだが、先程も言ったように私は赤司くんに気に入られていたわけでもなんでもない。ただ大輝とさつきの秀でた才能に比べて平凡すぎる一応幼なじみ私に同情して、バスケ部に置いておいてくれたのだ。決して彼に贔屓をしてもらっていたわけではない。と、思いたい。
なんて昔話を思い起こしている間に、たこ焼き少年は嗚咽を漏らしはじめてしまった。ま、まずい…!

「はい!これあげる!」

私が懐から取り出したものを受け取って、少年は「なんや…?」と訝しげに見つめる。あ、あれ、関東では結構有名なんだけどな……まいう棒…
何故こんなものが懐から出てくるのかといえば、毎日のようにムっくんから「ねー名前ちん、お菓子はー?」とねだられるから、ってこれムっくんの昔話みたいになってない?

「まいう棒って言ってね、」

「まいう棒!!東京で人気やっちゅーまいう棒!」

「そう、そのまいう棒。たこ焼きごめんね。よかったらもらって?」

私がそう言うと少年は「わーいわーい!」と元気よく廊下を駆け回り、たこ焼きの残骸などもろともせずに飛び跳ねた。関西児を手懐けるやなんてさすがまいう棒…!ちょっとまいう棒に感動した瞬間であった。

「まいう棒好きなの?」

「おん!前に東京行ったことあってな、白石に買ってもらお思たんやけど売り切れで買えんかったんよ!」

「紫のなんがい髪しよった巨人が店のまいう棒買い占めたらしくてなー」と話す少年に「ちょ、それムっくん…」と返すもよく分からんといった様子。まさかムっくんのまいう棒大人買いのためにまいう棒を買うことのできなかった関西児に巡り会おうとは…
これもまいう棒の奇跡だね。

「というか、白石さんの知り合い?」

「白石知っとるんか!せや、わい遠山金太郎いうんや!あんたは?」

「一年の名字名前。よろしくね」

「これから仲良くしてや、名前!」

「う、うん!よろしくね遠山くん!」

屈託のない笑顔で「もう授業終わってまうで!はよ教室戻らな!」と私の背中を押して走る遠山くんは、一緒にいたはずなのに何故か途中でいなくなってしまった。その後無事教室に戻れたものの、たこ焼きの後処理を忘れて一人慌てたのであった。