10 要はバスケもテニスも同じでした。

「あ、名前おはようさん」

「おはよー」

窓際の席に着けば、すでに来ていた美琴ちゃんに笑って挨拶をされる。美琴ちゃんってかわいいよなあと思いながら、本日のラッキーアイテムのペンギンのぬいぐるみ風キーホルダーを机の上に乗せた。「ラッキーアイテム?」「うん」朝のうちにきたメールに書いてあった通り、ペンギンのぬいぐるみ風キーホルダーを持って歩けば今日はいいことがあるはず。よし、まずは財前くんと仲良くなろう!「なぁ、」そんでもって謙也くんと白石さんと美琴ちゃんとの5人で遊びに行こう!って、あれ、

「お、おおおはよう、財前くん」

「なんやその吃りは。ってか、あんたテニス部のマネージャーやるんかい」

「え、な、なぜそれを…!」

「あれ、名前知らへんかった?こいつ中学んときからテニス部で、」

「月村は余計なこと言うなや」

財前くんの言葉に「なんやて!」と反撃しはじめる美琴ちゃん。
そっか、財前くんは中学のときテニス部だったんだ。ってことは、謙也くんと白石さんの後輩?え、ということは、みんな中学からの友達ってことか!と、断片的な情報が全て繋がった。なるほど、だから謙也くんは財前くんにも報告したんだね。昨日白石さんにも連絡して、とそこまで考えたとき、昨晩携帯を手放せなかったことまでもが頭に出てきてしまった。

謙也くんを和成と重ねてしまった。あのあと逃げるように部屋へ向かい、まだ9時をまわったばかりだというのに無理矢理目を閉じて布団に入った。だけど思い出すのはやはり和成のことばかりで、それでも泣いてしまわないように下唇を噛んで寝たのだ。
朝謙也くんが心配してくれたけど、昨日作っておいたお弁当を渡して誤魔化してしまった。謙也くんは心配してくれただけで何も悪くないのに、と自宅からまだ一時間目も始まっていないこの時間帯までの短時間で幾度となくついてきたため息を再び漏らした。

「って、名前聞いとる?」

「…え、なにが?」

「だから、財前が中学んときのテニス部部長が白石先輩、レギュラーに忍足先輩がおったから、そこ経由で教えてもろて……何かあったん?」

「う、ううん。何もないけど…」

いきなりそんなことを聞いてくるものだから、少々肩が揺れてしまった。美琴ちゃんが目を細めてこちらを見てくる。その視線から逃げるようにして財前くんを見れば、彼もまたなんとも言えない顔をしてこちらを見ていた。

「お前らー、はよ席に着かんかーい」

「ほ、ほら!先生来たよ!」

席に着け、と言われても私たち三人は自席に着いて話しているから、二人とも体の向きを黒板へと向けるという形で先生の言葉にならう。しぶしぶといった様子が見てとれるが、そんなにも私はおかしかっただろうか。

「(…やっぱり、昨日のせい、かな…)」

大阪に逃げてきた、なんて虫がよすぎる。逃げてきたことも和成のことも、みんなに知られちゃいけない。心配させたくないっていうのは建前で、都合がよすぎる身勝手な女だってみんなの口から言われたくなかった。
ぐっと握りしめた手に爪が食い込んで痛いはずなのに、今は胸のほうが痛くてたまらなかった。





さて、いつまでも悩んでいては仕方ない。和成とのことはそう簡単に解決できるものではないけど、私が泣いていても何にもならない。私はなんのために大阪に来たの。逃げるため。おばあちゃんのお店を守るため。お母さんに恩返しをするため。ならそのために何ができるの。泣くことではないでしょう?

「(…よし、大丈夫、ではないけど大丈夫…)」

朝のホームルームで今日の予定が言われる。教科書の配布に、学校案内。なら帰宅は早めになるはずだから、夕飯は私が作って、あとおばあちゃんにお店の仕事も教えてもらおう。
私はここに、泣きに来たんじゃない。

「ほなら、教科書配布するさかい、名前書いといてやー」

まずは国語から、と先生が列ごとに教科書を配布する。ずしり。腕に多少の重みを感じながら後ろの人に回して前を向けば、美琴ちゃんがにっと笑ってこちらを見ていた。

「名前、話は戻んねんけど、テニス部のマネージャーやるってほんま?」

「うん、謙也くんがすすめてくれたし、せっかくだからやろうかなって」

「俺はまだ歓迎したわけやあらへんで。ほんまにちゃんとやれるんかいな」

「できるよ!というか、やっぱり財前くんも…」

「テニス部入りますわ。当たり前やろ」

「で、ですよねー。でも、私も頑張るって決めたし、」

「というか謙也さんから聞いたんやけど、あんたあの帝光中バスケ部にいたんやて?」

「帝光中バスケ部ぅ!?それってキセキのなんちゃらがいたっていう…!」

「キセキの世代ね」

「キセキなんて厨二臭いですわ」

「あはは…」

財前くんごもっともです、なんて思っていたら、どうやらキセキの世代について2人は漠然としたイメージしかないみたいで、私に説明を促してきた。
帝光中学校バスケットボール部に所属し全中三連覇を果たした彼ら、キセキの世代は10年に1人の逸材、つまり天才が同じ年に5人集まったことからそう呼ばれている。
そんな彼らと、5人が一目置いた特異の才能を持った幻の6人目と呼ばれる男。計6人で築き上げた世代。それが本当のキセキの世代だと、私は思うよ。6人目は噂だっていわれてるけど、ちゃんといるからね。彼だって立派な天才。キセキの一員だよ。
説明し終わると二人は顔を見合せ、なにやら首を傾げている様子。

「つまり、神の子が6人いるっちゅーこっちゃ」

「こわっ!最早恐怖しか見出だせないわ…」

「え、え?神の子?」

「うちらが中学んときもな、おったんよ。天才って呼ばれとるテニスの神が」

「あんなん神言いませんわ。」

「何言うてんねん。あれを神と称えんならあんたは何やねん」

「は、神ですけどなにか」

「厨二病患ってんのは自分やろ」

なんだか嵐のように会話が進んでくけど、全くと言っていいほど分からない。「神の子って、え、それ赤司くんじゃね?」とか口が裂けても言えない雰囲気だ。
会話からしてバスケ界にキセキの世代があったように、テニス界にもそういったものがあるのだろう。きっとこの二人もそういうのに関わってきて、

「(…関わって、きて…)」

彼ら、キセキの世代と試合をした者たちは皆戦意喪失をしてきた。圧倒的強さを誇るライオンに、子羊が自ら首を差し出すように。それがきっかけで大輝のバスケに対する姿勢が変わり、みんながバラバラになって……
嫌なことまで思い出してしまったと鬱な気分でいると、突然凛としたきれいな声が耳に入った。

「ま、神の子だろうがなんだろうがいつかは負けるわけやし、てか実際負けたし、俺は諦めてへんけどな」

それは財前くんの声で変わりない。ここずっと聞いていた彼の声だ。だけど、今までよりずっと澄んで聞こえたのは、

「…テニス、大好きなんだね…」

「はは、それ愚問やわ」

ほんの少しだけど、財前くんがすごくきれいに笑った気がした。